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「予は紙に臨んで」
「予は硯に呵し」
「明子は彫塑のごとく佇めり」
「予は画のごとき彼女を忘るる能はず」
「感情の悲天の下に泣き」
「予も無限の離愁を抱きつつ」
「手を麻痺せしめし」
「故国ならざる故国に止って」
「ドクトルとして退屈なる椅子に倚らしめ」
「消息を耳にするを蛇蝎のごとく恐れたる予」
「予は明子にして賤貨に妻たるを思へば」
「一肚皮の憤怨何の処に向ってか吐かん」
「予が妹を禽獣の手に委(まか)せ」
「予が妹を色鬼の手より救助すべし」
「肥大豕(ひだいい)のごとき満村恭平」
「未(いまだ)春を懐かざるもの」
「天使と悪魔とを左右にして、奇怪なる饗宴を開きしがごとくなりき」
「腐肉を虫蛆(ちゅうそ)の食としたる」
「腐肉を虫蛆(ちゅうそ)の食としたる」
「水蛇(ハイドラ)のごとき誘惑」
「予が手に仆(たお)れたる犠牲を思えば」
「予の心は怪物を蔵するに似たり」
「その憤怒たるやあたかも羞恥の情に似たるがごとし」
「肥大豕に似たる満村恭平」
「予はかの肥大豕に似たる満村恭平のごとく、呼吸すべし」
「必ず予が最期の息を呼吸すべし」
「人力車は梶棒を下しました」
「人力車を急がせて」
「麝香(じゃこう)か何かのように重苦しい匂」
「ランプはまるで独楽のように、勢いよく廻り始めた」
「書物が夏の夕方に飛び交う蝙蝠のように宙へ舞上る」
「石炭の火が、雨のように床の上へこぼれ飛んだ」
「華奢なテエブルだった日には、つぶれてしまうくらいあるじゃないか」
「骨牌(かるた)を闘わせなければならない」
「血相さえ変るかと思うほどあせりにあせって」
「骨牌(かるた)の王様(キング)が、魂がはいったように、頭を擡(もた)げて、」
「あの骨牌(かるた)の王様(キング)のような微笑を浮べているミスラ君」
「人山が出来てしまう」
「川は亜鉛板(とたんいた)のように、白く日を反射して」
「川蒸汽が眩しい横波の鍍金(めっき)をかけている」
「陽気な太鼓の音、笛の音、三味線の音が虱のようにむず痒く刺している」
「水面を太鼓の音が虱のように刺している」
「土手の上を煤けた、うす白いものがつづいている」
「うす白いものが重そうにつづいている」
「それがここから見ると、ただごみごみした黒い一色になって動いている」
「ひょっとこは襦袢を出している」
「中心を失って舷(ふたばた)から落ちる」
「横波がすべって来て」
「横波が大きく伝馬の底を揺(ゆす)り上げた」
「廻転を止められた独楽(こま)のようにぐるりと一つ大きな円をかきながら」
「お得意の数も指を折るほどしか無かった」
「赤い顔をしずにいる」
「花を引く。女を買う。」
「ある地面などは生姜さえ碌に出来ない」
「その声は又力の無い、声よりも息に近いものだった」
「茶の間は勿論台所さえ居間よりも遥かに重吉には親しかった」
「甲野は薄ら寒い静かさの中に」
「茶の間へ膝を入れる」
「女のように優しい眉の間に」
「やっと彼女の声に目を醒ましたらしい粘り声」
「羽根を抜いた雄鶏に近い彼の体」
「ある霜曇りに曇った朝」
「甲野は静かに油っ手を拭き」
「腕の利かない敵」
「お目出度くなってしまいさえすれば…」
「麦藁帽子を冠らせたら頂上で踊を踊りそうなビリケン頭」
「ビリケン頭に能く実が入っていて」
「一分苅ではない一分生えの髪に地が透いて見えた」
「発達の好い丸々と肥(ふと)った豚のような濶(ひろ)い肩」
「首を濶(ひろ)い肩の上にすげ込んだようにして」
「風の柳のように室へ入り込んだ大噐氏」
「あの風吹烏(かざふきがらす)から聞いておいでなさったかい」
「庭の樹々は皆雨に悩んでいた」
「瓦葦(しのぶぐさ)が、あやまった、あやまったというように叩頭(おじぎ)している」
「簷(のき)の端に生えている瓦葦(しのぶぐさ)が叩頭している」
「そのザアッという音のほかに、また別にザアッという音が聞えるようだ」
「時々風の工合でザアッという大雨の音が聞える」
「太古から尽未来際まで大きな河の流が流れ通しているように雨は降り通していて」
「常住不断の雨が降り通している中に自分が生涯が挿まれているものででもあるように降っている」
「渓(たに)が膨れて」
「雨が甚(ひど)くなりまして渓(たに)が膨れてまいりました」
「渓川が怒る」
「提灯の火は憐れに小さな威光を弱々と振った」
「提灯の火は威光を弱々と振った」
「雨の音は例の如くザアッとしている」
「ただもう天地はザーッと、黒漆のように黒い闇の中に音を立てている」
「天地は、黒漆(こくしつ)のように黒い闇の中に音を立てている」
「喉元過ぎて怖いことが糞になった_」
「まるで四足獣が三足で歩くような体(てい)になって歩いた」
「石の地蔵のように身じろぎもしないで、ポカンと立っていて」
「若僧はやがてガタガタいう音をさせた」
「チッチッという音がすると、パッと火が現われて」
「チッチッという音がすると、パッと火が現われて」
「死せるが如く枯坐(こざ)していた老僧」
「老僧は着色の塑像の如くで」
「銀のような髪が五分ばかり生えて」
「細長い輪郭の正しい顔の七十位の痩せ枯(から)びた人」
「若僧は飛ぶが如くに行ってしまった」
「真の已達(いたつ)の境界には死生の間にすら関所がなくなっている」
「三時少し過ぎているから、三時少し過ぎているのだ」
「驚くことは何もないのだが、大噐氏はまた驚いた」
「秒針はチ、チ、チ、チと音を立てた」
「戸外の雨の音はザアッと続いていた」
「眼が見ている」
「秒針の動きは止まりはしなかった、確実な歩調で動いていた」
「橋流れて水流れず、と口の中で扱い」
「橋流れて水流れず、と口の中で扱い、胸の中で咬んでいると」
「橋は心細く架渡されている」
「人々が蟻ほどに小さく見えている」
「舫中の人などは胡麻半粒ほどである」
「僕の顔は、味噌をつけたようで、口は裂けてるからなあ」
「赤ん坊をまるでぬす人からでもとりかえすように僕からひきはなした」
「雲が意地悪く光って」
「よだかは、まるで矢のようにそらをよこぎりました」
「山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり」
「雲も赤く燃えているようです」
「羊歯(しだ)の葉は、よあけの霧を吸って青くつめたくゆれました」
「夜だかは矢のように、そっちへ飛んで行きました」
「よだかはまるで鷲が熊を襲うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました」
「山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません」
「つくいきはふいごのようです」
「寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました」
「万巻の書に目をさらしつつ」
「万巻の書に目をさらしつつ」
「ただ一つの文字を前に、終日それと睨めっこをして」
「腕が鈍り」
「歓びも智慧もみんな直接に人間の中にはいって来た」
「文字の精は彼の眼を容赦なく喰い荒し」
「文字の霊の媚薬のごとき奸猾(かんかつ)な魔力のせい」
「神秘の雲の中における人間の地位をわきまえぬ」
「老博士が賢明な沈黙を守っている」
「夥しい書籍が文字共の凄まじい呪いの声と共に落ちかかり」
「顔色にも黒檀(こくたん)の様な艶が無い」
「盥(たらい)ほどもある車渠貝(アキム)」
「玳瑁(たいまい)が浜辺で一度に産みつける卵の数ほど多い」
「自分の鼻が踏みつけられたバナナ畑の蛙のように潰れていない」
「クカオ芋の尻尾しか与えられない」
「斯ういう時に『けれども』という接続詞を使いたがるのは温帯人の論理に過ぎない」
「その女の黒檀彫の古い神像のような美」
「外には依然陽が輝き青空には白雲が美しく流れ樹々には小鳥が囀っている」
「海盤車(ひとで)に襲いかかる大蛸の様な猛烈さで、彼女はア・バイの中に闖入した」
「一掴みと躍りかかった大蛸は」
「大蛸は忽ち手足を烈しく刺されて」
「蝙蝠共も此の椿事(ちんじ)に仰天して」
「柱々に彫られた神像の顔も事の意外に目を瞠(みは)り」
「エビルは、髪の毛を剃られたサムソンの如くに悄然と、前を抑えながら家に戻った」
「嫉妬と憤怒とがすさまじい咆哮となって炸裂した」
「椰子の葉を叩くスコールの如く、罵詈雑言が夫の上に降り注いだ」
「麺麭(パン)の樹に鳴く蝉時雨の如く、罵詈雑言が夫の上に降り注いだ」
「環礁の外に荒れ狂う怒濤の如く、罵詈雑言が夫の上に降り注いだ」
「ありとあらゆる罵詈雑言が夫の上に降り注いだ。」
「火花のように悪意の微粒子が家中に散乱した」
「雷光のように悪意の微粒子が家中に散乱した」
「毒のある花粉のように悪意の微粒子が家中に散乱した」
「嶮しい悪意の微粒子が家中に散乱した。」
「夫は奸悪な海蛇だ」
「夫は海鼠の腹から生れた怪物だ」
「夫は腐木に湧く毒茸」
「夫は正覚坊の排泄物」
「夫は黴(かび)の中で一番下劣なやつ」
「夫は下痢をした猿」
「夫は羽の抜けた禿翡翠(かわせみ)」
「あの女ときたら、淫乱な牝豚だ」
「あの女ときたら、母を知らない家無し女だ」
「あの女ときたら、歯に毒を持ったヤウス魚」
「あの女ときたら、兇悪な大蜥蜴」
「あの女ときたら、海の底の吸血魔」
「あの女ときたら、残忍なタマカイ魚」
「自分は、その猛魚に足を喰切られた哀れな優しい牝蛸だ」
「その猛魚に足を喰切られた」
「空中に撒き散らされた罵詈」
「罵詈が綿の木の棘の様にチクチクと彼の皮膚を刺す」
「怒りなどという感情はいじけた此の男の中から疾うに磨滅し去っていて」
「怒りなどという感情は今は少しの痕跡さえ見られない。」
「人間は竹のように真直でなくっちゃ頼もしくない」
「発句(ほっく)は芭蕉(ばしょう)か髪結床(かみいどこ)の親方のやるもんだ」
「数学の先生が朝顔やに釣瓶(つるべ)をとられてたまるものか」
「そりゃあなた、大違いの勘五郎(かんごろう)ぞなもし」
「それが勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衛門だ」
「腹の中まで惚れさせる」
「腹の中まで惚れさせる」
「頭の上には天の川が一筋かかっている。」
「荒肝を挫(ひし)いでやろう」
「それじゃ赤シャツは腑抜(ふぬ)けの呆助(ほうすけ)だ」
「大きな丸(たま)が上がって来て言葉が出ない」
「山嵐が稲光をさした」
「燗徳利が往来し始めた」
「庭を星明りにすかして眺めていると山嵐が来た」
「わんわん鳴けば犬も同然な奴」
「五六間先へ遠征に出た」
「日清談判だ」
「日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろう」
「日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろう」
「樗蒲一(ちょぼいち)はない」
「中学と師範とは仲がわるい」
「中学と師範とは仲がわるい」
「中学と師範とはどこの県下でも犬と猿のように仲がわるい」
「あいつのおやじは湯島のかげまかもしれない」
「あんなに草や竹を曲げて嬉しがるなら、背虫の色男や、跛(あしなえ)の亭主を持って」
「かの万歳節のぼこぼん先生」
「山嵐の踵(かかと)を踏んであとからすぐ現場へ馳けつけた」
「田舎者でも退却は巧妙だ。クロパトキンより旨いくらいである」
「おれの云ってしかるべき事をみんな向むこうで並(なら)べていやがる」
「新聞にかかれるのと、泥鼈(すっぽん)に食いつかれるとが似たり寄ったりだ」
「おれを間(あい)のくさびに一席伺(うかが)わせる気なんだな」
「月が山の後(うしろ)から顔を出した」
「はやてのように後ろから、追いついた」
「顔がつるつるしてまるで薬缶だ」
「暗くなる、腹は減る、寒さは寒し、雨が降って来るという始末で」
「近所で後架先生と渾名をつけられている」
「これは平の宗盛にて候を繰返している」
「みんながそら宗盛だと吹き出すくらいである」
「金縁の裏には笑が見えた」
「彼はアンドレア・デル・サルトを極め込んでいる」
「失望と怒りを掻き交ぜたような声」
「大きな船から真白い煙が出て、今助けに行くぞ……というように、高い高い笛の音が聞こえて」
「心が倉皇(あわて)て書かれませぬ」
「緑色に繁茂(しげり)り栄えた島」
「ホントのヤバン人のように裸体になってしまいました」
「笛の音は、最後の審判の日のらっぱよりも怖ろしい響で御座いました」
「喜びの時が来ると同時に、死んで行かねばならぬ」
「この島は天国のようでした」
「ビール瓶は潮の流れに連れられて」
「あの底なしの淵の中をのぞいてみた」
「残狼(おおかみ)のように崖を馳け降りて」
「身体を石のように固ばらせながら」
「風の葉ずれや、木の実の落ちる音が、聖書の言葉をささやきながら」
「風の葉ずれや、木の実の落ちる音が一歩一歩と近づいて来るように思われる」
「離れ離れになって悶えている私たち二人の心を、窺視(うかがい)に来るかのように物怖ろしい」
「太陽も、四方八方から私を包み殺そうとして来るように思われるのです」
「太陽も、襲いかかって来るように思われる」
「アヤ子の、なやましい瞳が、神様のような悲しみを籠めて」
「アヤ子の、なやましい瞳が、悪魔のようなホホエミを籠めて」
「この島の清らかな風と水と花と鳥とに護られて」
「この美しい、楽しい島はもうスッカリ地獄です」
「男が大の字になってグウグウとイビキをかいていた」
「後家さんは、生娘のように真赤になった」
「巡査は逃げるようにこの家を飛び出した」
「頭を刈らせながら」
「横面を喰わせられた」
「歌の節が一々変テコに脱線して」
「家の中は寝ることも出来ない」
「心中のし損ねが連れ込まれた」
「お前達二人はスウィートポテトーであったのじゃナ」
「若い男はタタキつけるように云った」
「人が居なくなったかと思う静かさ」
「硝子戸の外でドッと笑いの爆発」
「桃割れが泣き伏す」
「田舎町の全体が空ッポのようにヒッソリしていた」
「振袖人形がハッと仰天した」
「振袖人形がガックリと死んでしまった」
「その囁きを押しわけて」
「若い主人はアヤツリのようにうなだれて」
「これがホンマのアヤツリ芝居じゃ」
「身のまわりの事ぐらいは足腰が立ちます」
「『一服三杯』をやらかしました」
「巡査も逃げるように立ち去った」
「法衣と女房の取り換えっこをした」
「法衣と女房の取り換えっこをした」
「チョンガレの古巣は物置みたように、枯れ松葉や、古材木が詰め込まれていた」
「坊主がもとの木阿弥の托鉢姿に帰って」
「数十町歩を烏有に帰した」
「天にも地にもたった一人の身よりである」
「お八重の笑顔は、女神のように美しく無邪気であった」
「元五郎親爺も森の中の闇に吸い込まれて」
「八釜し屋の区長さんが主任みたようになって、手厳しく調べてみると」
「蝉の声の大波が打ち初めた」
「お八重の姿が別人のように変っていたのに驚いた」
「美しかった肉付きがスッカリ落ちこけて、骸骨のようになって仰臥していた」
「全身をそり橋のように硬直させる」
「『やっつけましたので……』と吐き出すように云って」
「あいつらア矢っ張り洋服を着たケダモノなんで」
「脳天を喰らわしてやりました」
「坑夫は毒気を抜かれたように口をポカンと開いた」
「お加代というのは色が幽霊のように白くて」
「兵隊さんというのは、活動役者のように優しい青年である」
「ペラペラと、演説みたような事を饒舌り初めた」
「幽霊のように痩せ細った西村さんのお母さん」
「西村さんのお母さんが、青白い糸のような身体に」
「西村さんのお母さんが、まるで般若のようにスゴイ顔つきであった」
「和尚の胴間声が雷のように響いて来た」
「文作は身体中の血が一時に凍ったようにドキンとした」
「切れるように冷たい土を両手で掻き拡げて」
「文作は、頭が物に取り憑かれたようにガンガンと痛み出した」
「家の外には老人や青年が真黒に集まって」
「ベースボールというものは、戦争みたように恐ろしい」
「滝のように流るる汗」
「火の付くように泣く子供」
「別荘の中は殿様の御殿のように、立派な家具家財で飾ってある」
「西洋人のようにヒョロ長い女」
「男はみんなゴリラで、女はみんな熊みたい」
「女はみんな熊みたいに見えるわよ」
「向う鉢巻の禿頭は桃の刺青を制し止めた」
「向う鉢巻の禿頭は桃の刺青を制し止めた」
「鼻ッペシを天つう向けやがって」
「眩しいほど白い洋服」
「蝉の声が降るように聞こえて来る」
「うちの家内が吾が児のようにしていたもの」
「ハヤテのように板の間に駈け上った」
「東の空はまるで白く燃えているようです」
「鼻は五六寸の長さをぶらりと唇の上にぶら下げている」
「鏡の中にある内供の顔は、鏡の外にある内供の顔を見て」
「庭は一隅の梧桐の繁みから次第に暮れて来て」
「これは端渓です、端渓ですと二遍も三遍も端渓がる」
「その晩は久し振に蕎麦を食ったので、旨かったから天麩羅を四杯平げた。」
「やっぱり正体のある文字だと感心した」
「そして荒涼たる秋が残った」
「大変耳の悪い群衆は、次郎助へこう親切にとりついでやった」
「おさまりのない欠伸の形に拡がっていた」
「と賤(しず)の苧環(おだまき)繰り返して」
「いわゆる『勉学の佳趣』に浸り得る」
「あの『御料人様(ごりょうにんさん)』と云う言葉にふさわしい上方風な嫁でも迎えて」
「鼻は行儀よく唇の上に納まっている」
「蝙蝠が得たり顔に飛んでいる」
「薄白い雲が高い巌壁をも絵心に蝕んで」
「親切な雨が降る度に訪問するのであろう」
「豆が泣きそうな姿をして立っていたり」
「奇麗な水が小さな流れになって走って行きます」
「その記憶さえも年毎に色彩は薄れるらしい」
「薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している」
「疲労と倦怠とがどんよりした影を落していた」
「腹の底に依然として険しい感情を蓄えながら」
「三人の男の子が、目白押しに並んで立っている」
「八の字をよせたまま不服らしい顔をして」
「鼻は上唇の上で意気地なく残喘(ざんぜん)を保っている」
「音がうるさいほど枕に通って来た」
「時代はこの話に大事な役を勤めてゐない」
「路傍の人に過ぎない」
「始終、いぢめられてゐる犬は、たまに肉を貰つても容易によりつかない。」
「東山の暗い緑の上に肩を丸々と出してゐる」
「雪の色も仄に青く煙つてゐる」
「梢が、眼に痛く空を刺してゐる」
「狐が暖かな毛の色日に曝しながら」
「酒の酔が手伝つてゐる」
「幾道かの湯気の柱が空へ舞上つて行く」
「そのまばゆい光に、光沢のいい毛皮を洗はせながら」
「柑子盗人め」
「御眉のあたりにはびくびくと電(いなずま)が起つて居ります」
「めらめらと舌を吐いて立ち昇る烈々とした炎の色」
「良秀の心に交々往来する恐れと悲しみと驚きとは、歴々と顔に描かれました」
「娘の姿も黒煙の底に隠されて」
「焔の舌は天上の星をも焦さうず」
「雲の峰は風に吹き崩されて」
「その余念のない顔付はおだやかな波を額に湛えて」
「その余念のない顔付はおだやかな波を額に湛えて」
「主人の面からは実に幸福が溢るるように見えた」
「ちょっと細君の心の味が見えていた」
「はや不快の雲は名残無く吹き掃われて」
「その眼は晴やかに澄んで見えた」
「主人はその心の傾きを一転した」
「ごくごく静穏な合の手を弾いている」
「往時(むかし)の感情(おもい)の遺した余影(かげ)が酒の上に時々浮ぶ」
「感情(おもい)の遺した余影(かげ)が太郎坊の湛える酒の上に時々浮ぶ」
「云わば恋の創痕(きずあと)の痂(かさぶた)が時節到来して脱(と)れたのだ」
「云わば恋の創痕(きずあと)の痂(かさぶた)が時節到来して脱(と)れたのだ」
「心の中にも他の学生にはまだ出来ておらぬ細かい襞襀(ひだ)が出来ている」
「その男は鶴の如くに痩せた病躯を運んだ」
「名を知らぬ禽(とり)が意味の分らぬ歌を投げ落したりした」
「薄白い雲が瞬く間に峯巒(ほうらん)を蝕み、巌を蝕み、松を蝕み」
「親切な雨が降る度に訪問するのであろう」
「今もその訪問に接して感謝の嬉し涙を溢らせている」
「暗い波の咆(ほ)えていた海の中」
「影法師が口をあいている」
「機躡(まねき)が忙しく上下往来する」
「煕々(きき)として照っていた春の陽(ひ)」
「一道の殺気がまともに額を打った」
「既に早く射を離れた彼の心」
「昔の道を杓子定規にそのまま履(ふ)んで」
「人の下風に立つを潔しとしない」
「これほどの師にもなお触れることを許さぬ胸中の奥所がある」
「孔子も初めはこの角を矯(た)めようと」
「季・叔・孟・三桓の力を削(そ)がねばならぬ」
「久しぶりに揮(ふる)う長剣の味」
「こうして魯侯の心を蕩(とろ)かし」
「孔子を上に戴く」
「受動的な柔軟な才能の良さが全然呑み込めない」
「明らかにそう言っている子貢の表情」
「実際の孔子は余りに彼等には大き過ぎる」
「鳥よく木を択ぶ。木豈(あ)に鳥を択ばんや。」
「鳥よく木を択ぶ。木豈(あ)に鳥を択ばんや。」
「大難に臨んでいささかの興奮の色も無い」
「かつての勇が何と惨(みじ)めにちっぽけなことか」
「時としてどこか知的なものが閃く」
「己を全うする途(みち)を棄て道のために天下を周遊している」
「子路が苦い顔をする」
「明哲保身主義が本能としてくっついている」
「道有る時も直きこと矢のごとし」
「一身の行動を国家の休戚より上に置く」
「孔子というものの大きな意味」
「圭角がとれたとは称し難いなが」
「人間の重みも加わった」
「痩浪人(やせろうにん)の徒らなる誇負から離れて」
「ただ形を完(まっと)うするために過ぎなかったのか」
「形さえ履(ふ)めば」
「この溝はどうしようもない」
「政変の機運の濃く漂っている」
「罵声が子路に向って飛び」
「前途の方向のつくまで」
「兄の尻にくっ付いて九州下りまで出掛ける気は毛頭なし」
「金が自然とポッケットの中に湧いて来る」
「秋がきても気長に暑いもんだ」
「出たければ勝手に出るがいい」
「どこまで女らしいんだか奥行(おくゆき)がわからない」
「おれの大きな眼が干瓢(かんぴょう)づらを射貫いた」
「君子という言葉は字引にあるばかりで生きてるものではない」
「気絶以外の何物にも遭遇することは不可能である」
「彼の女は疑いもなく地の塩であった」
「沈黙が書斎に閉じ籠もる」
「椅子は劇しい癇癪(かんしゃく)を鳴らし」
「物体の描く陰影は突如太陽に向って走り出す」
「真空が閃光を散らして騒いでいる」
「竜巻が彼自身もまた周章(あわ)てふためいて湧き起る」
「全身にまばゆい喝采を浴びた」
「半左右衛門が脆くもぺしゃんこになった」
「山もうそ寒い空の中へ冷たい枯枝を叩き込んでいたりした」
「時雨が遠方の山から落葉を鳴らして走り過ぎて行く」
「また時雨が山の奥から慌てふためいて駈け出してくる」
「村全体が一つの重々しい合唱となって」
「村そのものが一つの動揺となって」
「山の狸や杜の鴉が顔色を変えて巣をとびだすと」
「血走った眼に時雨の糸が殴り込む」
「血走った眼に時雨の糸が殴り込む」
「一瞬場内が蒼白になると」
「村の顔役と教員が黄昏をともないながら入場した」
「二百三十六名で未曾有の国難をしょいきる」
「情熱は当面の村難へ舞い戻った」
「お峯は鬼となって」
「蒼白い神経の枯木と化していた私」
「心に爽やかな窓が展(ひら)く」
「夢のさなかへ彷徨(さまよ)うてゆく私の心を眺めた」
「生きるということは限りない色彩に掩(おお)われている」
「人間、あの怖ろしい悲劇役者」
「町がうしろに山を背負い」
「二階のある家が両側に詰まっている」
「障子の紙が澄み切った秋の空気の中に冷え冷えと白い」
「日は川の方へ廻っていて町の左側の障子に映えている」
「丘がこんもりと緑葉樹の衣を着ている」
「渓合(たにあ)いへ溢れ込む光線の中」
「手の上にある一顆の露の玉に見入った」
「川は白泡を噴いて沸(たぎ)り落ちる」
「母の幻に会うために花柳界の女に近づき」
「爪先上りの丘の路を登って行った」
「寒さにいじめつけられて赤くふやけている指」
「もう消えかかった記憶の糸を手繰り手繰り」
「なるほど、ではそれが君の初音の鼓か」
「線と色とが其の頃の人々の肌に躍った」
「何十人の人の肌は絖地となって擴(ひろ)げられた」
「人間の足はその顔と同じように複雑な表情を持って映った」
「五年目の春も半ば老い込んだ或る日」
「この絵の女はお前なのだ」
「清吉の顔にはいつもの意地の悪い笑いが漂っていた」
「日はうららかに川面を射て」
「若い刺青師の霊は墨汁の中に溶けて皮膚に滲んだ」
「若い刺青師の霊は墨汁の中に溶けて皮膚に滲んだ」
「不思議な魔性の動物は背一面に蟠(わだかま)った」
「男と云う男は皆なお前の肥料(こやし)になるのだ」
「体を蜘蛛が抱きしめている」
「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」
「自分の身のまわりを裹(つつ)んでいた賑やかな雰囲気」
「想像して見たがお堂の甍(いらか)を望んだ時の有様ばかりが明瞭に描かれ」
「六区と吉原を鼻先に控えて」
「無二の親友であった『派手な贅沢なそうして平凡な東京』と云う奴」
「『派手な贅沢なそうして平凡な東京』と云う奴」
「『派手な贅沢なそうして平凡な東京』と云う奴を置いてき堀にして」
「普通の刺戟に馴れてしまった神経を顫(ふる)い戦(おのの)かす」
「一種のミステリアスなロマンチックな色彩を自分の生活に賦与する」
「『秘密』と云う不思議な気分が潜んでいる」
「秋の日があかあかと縁側の障子に燃えて」
「古画の諸仏が四壁の紙幅の内から光の中に泳ぎ出す」
「種々雑多の傀儡(かいらい)が香の煙に溶け込んで」
「公園の雑沓の中を潜(もぐ)って歩いたり」
「すべて普通の女の皮膚が味わうと同等の触感を与えられ」
「顔の上を夜風が冷やかに撫でて行く」
「お白粉の下に『男』と云う秘密が悉く隠されて」
「濃艶な脂粉とちりめんの衣装の下に自分を潜ませながら」
「衣装の下に自分を潜ませながら」
「『秘密』の帷(とばり)を一枚隔てて眺める」
「平凡な現実が夢のような不思議な色彩を施される」
「犯罪に付随して居る美しいロマンチックの匂い」
「ロマンチックの匂いだけを十分に嗅いで見たかった」
「映画の光線のグリグリと瞳を刺す度毎に」
「場内に溢れて居る人々の顔を見廻した」
「鮮やかな美貌ばかりをこれ見よがしに露わにして居る」
「川面に風の吹く道」
「この若者の頭の鋭さ」
「頭に比べてまだ人間の出来ていない」
「頭に比べてまだ人間の出来ていない」
「大抵のものは赤シャツ党だ」
「人間の瞳を欺き、電燈の光を欺いて」
「土地が土地だから、それからそれと変った材料が得られる」
「二人の肩の骨は曲り骨は曲りそうになりました」
「余の戸口に Banana の皮を撒布し」
「風博士は自殺したのである。しかり、死んだのである」
「村人は知識の殿堂へ殺到した」
「婆さんは仏間に冷たくなって寝ているんだよ」
「母のことを呼ぶのに『あなた様のお袋さま』と云う言葉を用いた」
「天稟(てんぴん)の体へ絵の具を注ぎ込む迄(まで)になった」
「眼をくぎって行くプラットフォオムの柱」
「礼を云っている赤帽」
「すべては未練がましく後へ倒れて行った」
「霜焼けの手が硝子戸を擡(もた)げようとして」
「藁屋根や瓦屋根が建てこんで」
「藁屋根や瓦屋根が建てこんで」
「彼の頸(くび)は権威に屈することを知らない」
「間のぬけた五位の顔にも『人間』が覗いてゐる」
「轡(くつわ)を並べて」
「獣の背は走つて行く」
「物に御騒ぎにならない」
「自分のしてゐる事に嘴を入れられる」
「この世に無い人の数にはいつて居りました」
「老人は一文字に消えてしまいました」
「槍一すぢの家がら」
「伴天連の手もとを追い払われる」
「あの少年の姿は一天の火焔の中に立ちきはまつた」
「この少年は月を踏んでは」
「大噐晩成先生などという諢名(あだな)」
「東京の塵埃(じんあい)を背後(うしろ)にした」
「蠍が目を変に光らして云いました」
「肩の骨の砕けそうなのをじっとこらえて」
「チュンセ童子はまるで潰れそうになりながら」
「疲れて死にそうです」
「お星様たちは流れを浴び」
「長剣が恋しくはないかい」
「子路の奏でる音が殺伐な北声に満ちている」
「手綱を必要とする弟子もある」
「容易な手綱では抑えられそうもない子路」
「干戈(かんか)の止む時が無い」
「叛軍の矢が及ぶ」
「口先ばかりで腹の無い」
「口先ばかりで腹の無い」
「勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡(なび)いた」
「尻を持ち込まれた」
「赤ふんは岸へ漕ぎ戻して来た」
「この坊主に山嵐という渾名(あだな)をつけてやった」
「学校より骨董の方がましだ」
「学校より骨董の方がましだ」
「天麩羅蕎麦も肝癪に障らなくなった」
「団子がそれで済んだと思ったら」
「赤手拭と云うのが評判になった」
「天婦羅を四杯平げた」
「全くターナーですね」
「その魂が方々のお婆さんに乗り移るんだろう」
「どんなに熱の高い病人でも注射の針を逃げまわっていた」
「問題は彼の口である」
「彼の口さえなかったとしたら」
「彼の身体は内心の動揺を押えたりできなかった」
「彼の逞ましい腕は彼の胸倉を叩いたり」
「革命を暗示するような動揺が移っていった」
「村全体が呻いた」
「村そのものが視凝(みつ)めたり」
「一掬(いっきく)の泪(なみだ)を惜しまない」
「そこへ問い合わせる」
「この家へ尋ねて」
「白壁の点綴(てんてつ)する」
「秋を一杯に頬張った」
「小高い段の上に見える一と棟の草屋根」
「眼の下の岩に砕けつつある早瀬の白い泡」
「それへ己れの魂を刺(ほ)り込む」
「味わいと調子とは見つからなかった」
「台に乗った巧緻な素足」
「この女の血がお前の体に交っている」
「皮膚を恋で彩ろうとする」
「朝風を孕んで下る白帆」
「渡し船は水底を衝(つ)いて往復して居た」
「神経を顫(ふる)い戦(おのの)かす」
「瞳を注いだ」
「脳がわるい」
「川べりの方の家並みが欠けて」
「簾のかげから真っ白な女の素足のこぼれて居る」
「両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る」
「眼の前の停車場がずるずると後ずさりを始める」
「すべては窓へ吹きつける煤煙の中に、未練がましく後へ倒れて行った」
「山腹が間近く窓側に迫って来た」
「すべては汽車の窓の外に通り過ぎた」
「両側の人家は次第に稀になつて」
「もう五十の阪に手がとどいて居りましたらうか」
「両岸の山は或時は右が遠ざかったり左が遠ざかったり」
「両岸の山は右が迫って来たり左が迫って来たり」
「家が大部分は水の眺めを塞いで」
「道は相変らず吉野川の流れを右に取って進む」
「山が次第に深まるに連れて」
「村里は平和な景色をひろげていた」
「半町ばかり引っ込んだ爪先上りの丘の路」
「女は洗い髪を両肩へすべらせ」
「水の一杯にふくれ上っている川」
「大人になって世間が広くなる」
「甘いへんのうの匂いと、囁くような衣摺れの音を立てて」
「吉野川の流れも、人家も、道も行き止まりそうな」
「見事な刺青のある駕籠舁(かごかき)を選んで乗った」
「この絵は刺青と一緒にお前にやる」
「老人の言葉と怡々(いい)たるその容(すがた)に接している」
「躍る胸に鬘(かつら)をひそめて」
「ああ冷静なること扇風機のごとき諸君よ」
「風である。インフルエンザに犯されたのである」
「皮膚にも似た紙片の中に、自分の母を生んだ人の血が籠っている」
「記憶の糸を手繰り手繰り歯の抜けた口から少しずつ語った」
「どうもあのシャツはただのシャツじゃない」
「水がころころころころ湧き出して」
「沈黙を続けていると、ヒーッ、頭の上から禽(とり)が意味の分らぬ歌を投げ落した」
「諸君は軽率に真理を疑っていいのであろうか?」
「サーッというやや寒い風が下して来た」
「ほん物の雨もはらはらと遣って来た」
「ザアッという本降りになって」
「トットットッと走り着いて」
「玉蜀黍(とうもろこし)の一把(いちわ)をバタリと落した」
「白い庭鳥が二、三羽キャキャッと驚いた声を出して」
「じたじた水の垂れる傘のさきまでを見た」
「外はただサアッと雨が降っている」
「ゆるゆる歩いて明るいうちに早くおうちへお帰りなさい」
「身体の痛みもつかれもとれてすがすがしてしまいました」
「ゴツンと息をのんだ」
「愛すべき単純な若者は返す言葉に窮した」
「隣り合って住んでいる大きな子供」
「東の空はまるで白く燃えているようです」
「赤い眼をまるで火が燃えるように動かしました」
「疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落していた」
「置き忘れたような運水車」
「あたかも卑俗な現実を人間にしたような面持ち」
「死んだように眼をつぶって」
「何かに脅されたような心もち」
「まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼」
「煤を溶したようなどす黒い空気」
「この曇天に押しすくめられたかと思う程、揃って背が低かった」
「陰惨たる風物と同じような色の着物」
「まるで別人を見るようにあの小娘を注視した」
「保吉はあらゆる売文業者のように、目まぐるしい生活を営んでいる」
「あるお嬢さんの記憶は、煙突から迸る火花のようにたちまちよみがえって来る」
「銀鼠の靴下に踵の高い靴をはいた脚は鹿の脚のようにすらりとしている」
「お嬢さんが、日の光りを透かした雲のような銀鼠の姿を現した」
「お嬢さんが、猫柳の花のような銀鼠の姿を現した」
「お嬢さんは通り過ぎた。日の光りを透かした雲のように………」
「お嬢さんは通り過ぎた。花をつけた猫柳のように………」
「云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っている」
「蚤の食ったようにむず痒い」
「内供は、信用しない医者の手術をうける患者のような顔をして眺めていた」
「脂は、鳥の羽の茎のような形をして、四分ばかりの長さにぬける」
「黄金(きん)を敷いたように明るい」
「蠅程の注意も払はない」
「彼等にとつては、空気の存在が見えないやうに、五位の存在も、眼を遮らないのであらう」
「五位は、犬のやうな生活を続けて行かなければならなかつた」
「痩公卿の車を牽いてゐる、痩牛の歩みを見るやうな、みすぼらしい心もち」
「五位はこの語が自分の顔を打つたやうに感じた」
「飴の如く滑かな日の光り」
「霜に焦げた天鵞絨(びろうど)のやうな肩を出してゐるのは、比叡の山であらう」
「悪戯をして、それを見つけられさうになつた子供が、年長者に向つてするやうな微笑」
「落葉のやうな色をしたその獣の背」
「狐は、なぞへの斜面を、転げるやうにして、駈け下りる」
「狐は、風のやうに走り出した」
「五位は、呆れたやうに、口を開いて見せた」
「乾からびた声が、凩(こがらし)のやうに、五位の骨に、応へる」
「赤い真綿のやうな火が、ゆらゆらする」
「――こんな考へが、『こまつぶり』のやうに、ぐるぐる一つ所を廻つてゐる」
「五位は、両手を蠅でも逐(お)ふやうに動かして」
「飼主のない尨犬(むくいぬ)のやうに、朱雀大路をうろついて歩く孤独な彼」
「大殿様と申しますと、まるで権者の再来のやうに尊み合ひました」
「私どもが、魂も消えるばかりに思つた」
「唇の目立つて赤いのが、如何にも獣めいた心もちを起させた」
「魔障にでも御遇ひになつたやうに、顔の色を変へて」
「まるで卍のやうに、墨を飛ばした黒煙と金粉を煽つた火の粉とが、舞ひ狂つて居る」
「人間が、大風に吹き散らされる落葉のやうに逃げ迷つてゐる」
「蝙蝠のやうに逆(さかさま)になつた男」
「獣の牙のやうな刀樹の頂き」
「夜のやうに戸を立て切つた中に、ぼんやりと灯をともしながら」
「酒甕(さかがめ)のやうな体のまはり」
「虎狼と一つ檻にでもゐるやうな心もち」
「金物の黄金を星のやうに、ちらちら光らせてゐる」
「雪のやうな肌が燃え爛れる」
「日輪が地に落ちて、天火が迸つた」
「焔煙を吸ひつけられたやうに眺めて居りました」
「何か黒いものが、鞠のやうに躍りながら、車の中へとびこみました」
「壁代のやうな焔を後にして、娘の肩に縋つてゐる」
「金梨子地のやうな火の粉が一しきり、ぱつと空へ上つた」
「凝り固まつたやうに立つてゐる良秀」
「それでも屏風の画を描きたいと云ふその木石のやうな心もち」
「油のような夕日の光」
「洛陽といえば、まるで画のような美しさ」
「細い月が、まるで爪の痕かと思う程、かすかに白く浮んでいる」
「竹杖は忽ち竜のように、勢よく大空へ舞い上って」
「夜目にも削ったような山々の空」
「四斗樽程の白蛇」
「白蛇が一匹、炎のような舌を吐いて」
「虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消え失せて」
「瀑(たき)のような雨も降り出した」
「無数の神兵が、雲の如く空に充満ちて」
「氷のような冷たい風」
「杜子春は木の葉のように、空を漂って行きました」
「閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました」
「杜子春は唖(おし)のように黙っていました」
「星が流れるように、森羅殿の前へ下りて来ました」
「鞭は雨のように、馬の皮肉を打ち破る」
「転ぶようにその側へ走りよると」
「顔かたちが玉のやうに清らかであつた」
「ろおれんぞは、声ざまも女のやうに優しかつた」
「それが『ろおれんぞ』と睦じうするさまは、とんと鳩になづむ荒鷲のやうであつた」
「それが『ろおれんぞ』と睦じうするさまは、『ればのん』山の檜に、葡萄かづらが纏ひついて、花咲いたやうであつた」
「ろおれんぞは燕か何ぞのやうに、部屋を立つて行つてしまうた」
「嵐も吹き出でようず空の如く、凄じく顔を曇らせながら」
「焔(ほのお)の舌は天上の星をも焦さう」
「火の粉が雨のやうに降りかかる」
「ろおれんぞが、天くだるやうに姿を現いた」
「あたかも『はらいそ』の光を望んだやうに、『ろおれんぞ』の姿を見守られた」
「奉教人衆は、風に吹かれる穂麦のやうに頭を垂れて」
「暗夜の海にも譬へようず煩悩心」
「雲の峰は風に吹き崩されて」
「下女は碓(うす)のような尻を振立てて」
「主人は茹蛸のようになって帰って来た」
「滴る水珠は夕立の後かと見紛うばかり」
「主人の顔を見て『まあ、まるで金太郎のようで。』と可笑そうに云った」
「その面上にははや不快の雲は名残無く吹き掃われて」
「今思えば真実に夢のようなことでまるで茫然とした事だが」
「冷りとするような突き詰めた考え」
「暖かで燃え立つようだった若い時」
「思い込んだことも、一ツ二ツと轄が脱けたり輪が脱れたりして車が亡くなって行くように、消ゆるに近づく」
「云わば恋の創痕(きずあと)の痂(かさぶた)が時節到来して脱(と)れたのだ」
「人名や地名は林間の焚火の煙のように、逸し去っている」
「蟻が塔を造るような遅々たる行動」
「白雲(はくうん)の風に漂うが如くに、ぶらりぶらりとした身」
「秋葉(しゅうよう)の空に飄(ひるがえ)るが如くに、ぶらりぶらりとした身」
「鶴の如くに痩せた病躯」
「線のような道」
「蟻の如くになりながら通り過ぎ」
「蟹の如くになりながら通り過ぎ」
「木の葉の雨」
「山中に入って来た他国者をいじめでもするように襲った」
「火を付けたら心よく燃えそうに乱れ立ったモヤモヤ頭」
「木彫のような顔をした婆さん」
「感謝の嬉し涙を溢らせているように、水を湛えている」
「下駄の一ツが腹を出して死んだようにころがっていた」
「くちばしを槍のようにして落ちて来ました」
「水晶のような流れを浴び」
「鰯のようなヒョロヒョロの星」
「めだかのような黒い隕石」
「二人のからだが雷のように鳴り」
「二人は海の中に矢のように落ち込みました」
「海の水もまるで硝子のように静まって」
「竜巻は矢のように高く高くはせのぼりました」
「ほうきぼしはきちがいのような凄い声をあげ海の中に落ちて行きます」
「竜巻は風のように海に帰って行きました」
「顔は味噌をつけたようにまだらで」
「鳥の中の宝石のような蜂すずめの兄さん」
「窓の虱(しらみ)が馬のような大きさに見えていた」
「人は高塔であった」
「馬は山であった」
「豚は丘のごとく見える」
「雞(とり)は城楼と見える」
「百本の矢は一本のごとくに相連なり」
「的から一直線に続いたその最後の括(やはず)はなお弦を銜(ふく)むがごとくに見える」
「我々の射のごときはほとんど児戯に類する」
「羊のような柔和な目をした爺さん」
「屏風のごとき壁立千仭(へきりつせんじん)」
「糸のような細さに見える渓流」
「鳶が胡麻粒ほどに小さく見える姿」
「見えざる矢を無形の弓につがえ、満月のごとくに引絞ってひょうと放てば」
「鳶は中空から石のごとくに落ちて来る」
「なんの表情も無い、木偶(でく)のごとく愚者のごとき容貌」
「なんの表情も無い、木偶(でく)のごとく愚者のごとき容貌」
「眼は耳のごとく思われる」
「耳は鼻のごとく思われる」
「鼻は口のごとく思われる」
「紀昌は煙のごとく静かに世を去った」
「南子夫人の姿が牡丹の花のように輝く」
「邦に道有る時も直きこと矢のごとし」
「道無き時もまた矢のごとし」
「清は、自分とおれの関係を封建時代の主従のように考えていた」
「猫の額ほどな町内 」
「マッチ箱のような汽車」
「校長は狸のような眼をぱちつかせて」
「叡山の悪僧と云うべき面構」
「この女房はまさにウィッチに似ている」
「先生と大きな声をされると、午砲(どん)を聞いたような気がする」
「焼餅の黒焦のようなもの」
「天麩羅事件を日露戦争のように触れちらかす」
「あの赤シャツ女のような親切ものなんだろう」
「坊っちゃんは竹を割ったような気性だ」
「おれが居なくっちゃ日本が困るだろうと云うような面」
「水晶の珠を香水で暖ためて、掌へ握ってみたような心持ち」
「一人は肥満すること豚児(とんじ)のごとく」
「高尚なること槲(かしわ)の木のごとき諸君よ」
「聡明なること世界地図のごとき諸君よ」
「賢明にして正大なること太平洋のごとき諸君よ」
「明敏なること触鬚(しょくしゅ)のごとき諸君」
「余の妻は麗はしきこと高山植物のごとく」
「冷静なること扇風機のごとき諸君よ」
「余は空気のごとく彼の寝室に侵入する」
「余は影のごとく忍び出た」
「黄昏に似た沈黙がこの書斎に閉じ籠もる」
「何本もの飛ぶ矢に似た真空が閃光を散らして騒いでいる」
「黒い塊が導火線を這うように驀地(まっしぐら)にせりあがってきた」
「動揺が、電波のように移っていった」
「村全体が地底から響くように呻いた」
「村そのものが埋葬のようにゆるぎだした」
「遠い山からそれを見ると、勤勉な蟻に酷似していた」
「彼は滑りすぎる車のように、実にだらしなく好機嫌になった」
「蒼空のような夢」
「生きるということは、ハアリキンの服のように限りない色彩に掩(おお)われているもの」
「案山子のように退屈した農夫たち」
「慎しみ深い心の袋」
「押し潰したように軒が垂れ」
「格子や建具を、貧しいながら身だしなみのよい美女のように見せている」
「光線は、身に沁みるように美しい」
「柹(かき)の粒が、瞳のように光っている」
「丘が、緑葉樹の衣を着ている」
「葉が、金粉のようにきらめきつつ水に落ちる」
「台棟と庇だけが、海中の島のごとく浮いて見える」
「果実は、あたかもゴムの袋のごとく膨らんで」
「果実は、琅玕の珠のように美しい」
「この山間の霊気と日光とが凝り固まった気がした」
「あの鼓を見ると自分の親に遇ったような思いがする」
「指のさきちぎれるようにて」
「その紙は、こんがりと遠火にあてたような色に変っていた」
「老人の皮膚にも似た一枚の薄い紙片」
「あたかも漁師町で海苔を乾すような工合に、長方形の紙が行儀よく板に並べて立てかけてある」
「その真っ白な色紙を散らしたようなのが、きらきらと反射しつつある」
「津村は『昔』と壁ひと重の隣りへ来た気がした」
「消えかかった記憶の糸を手繰り」
「梁や屋根裏が、塗りたてのコールターのように真っ黒くてらてら光っていた」
「人の肌は、絖地(ぬのじ)となって擴(ひろ)げられた」
「人間の足はその顔と同じように複雑な表情を持って」
「その女の足は肉の宝玉であった」
「われとわが心の底に潜んで居た何物かを、探りあてたる心地であった」
「八畳の座敷は燃えるように照った」
「古の民が天地をピラミッドとスフィンクスとで飾ったように、清吉は人間の皮膚を自分の恋で彩ろうとする」
「琉球朱の一滴々々は、彼の命のしたたりであった」
「彼は其処に我が魂の色を見た」
「月が屋敷の上にかかって、夢のような光が流れ込む」
「さす針、ぬく針の度毎に、自分の心が刺されるように感じた」
「糸のような呻き声」
「蜘蛛の肢は生けるが如く蠕動(ぜんどう)した」
「その瞳は夕月の光を増すように、だんだんと輝いて」
「女は剣のような瞳を輝かした」
「瀬の早い渓川のところどころに、澱んだ淵が出来るように、下町の雑沓に挟まりながら閑静な一郭(いっかく)が、なければなるまい」
「パノラマの絵のように、表ばかりで裏のない景色」
「広い地面が果てしもなく続いている謎のような光景」
「夢の中でしばしば出逢うことのある世界のごとく思われた」
「私の神経は、刃の擦り切れたやすりのようにすっかり鈍って」
「室内は大きな雪洞(ぼんぼり)のように明るかった」
「ちょうど学校の教員室に掛っている地図のように、所嫌わずぶら下げて」
「ちょうど恋人の肌の色を眺めるような快感の高潮に達する」
「重い冷たい布が粘つくように肉体を包む」
「甘皮を一枚張ったようにぱさぱさ乾いている顔」
「歩くたびに腰巻の裾は、じゃれるように脚へ縺(もつ)れる」
「女のような血が流れ」
「女のような血が流れ」
「芝居の弁天小僧のように、さまざまの罪を犯したなら」
「眼つきも口つきも女のように動き」
「女のように笑おうとする」
「囁くような衣摺れの音」
「始めて接する物のように、珍しく奇妙であった」
「『秘密』の帷(とばり)を一枚隔てて眺める」
「廃頽した快感が古い葡萄酒の酔いのように魂をそそった」
「遊女の如くなよなよと蒲団の上へ腹這って」
「霧のような濁った空気」
「顔のお白粉を腐らせるように漂って居た」
「私の酔った頭は破れるように痛んだ」
「渓底から沸き上る雲のように、階下の群衆の頭の上を浮動して居る煙草の烟」
「水のしたたるような鮮やかな美貌」
「宝石よりも鋭く輝く大きい瞳」
「無数の男が女の過去の生涯を鎖のように貫いて居る」
「一人の男から他の男へと、胡蝶のように飛んで歩く」
「円い眼が、拭うがごとくに冴え返り」
「ただこの薄禿頭、お恰好の紅絹(もみ)のようなもの一つとなってしもうたか」
「蛮人のような瞳を据えて」
「川が軒と軒とを押し分けるように」
「その竹へ、馬にでも乗るように跨りました」
「空間の一ヶ所を穴ぼこのように視凝(みつ)めたり」
「これは金言のように素晴らしい思いつきの言葉だった」
「踊るような腰つき」
「土用干のごとく部屋中へ置き散らして」
「銀鼠の姿を現した」
「この傍観者の利己主義をそれとなく感づいた」
「この朔北の野人は、生活の方法を二つしか心得てゐない」
「広庭一面、灰色のものが罩(こ)めた」
「おれが思っていた女」
「色も少しは白かったろう」
「ある娘に思われた」
「誰か何か云ってるぜ」
「空の向う側へ落してやる」
「畜生。空の毒虫め。」
「千も万もででるもんだ」
「事によったら流される」
「事によったら流される」
「あなた方の髪の毛一本にも及びません」
「毛髪の先にぶら下った有吻類・催痒性の小節足動物を見続けた」
「眼を瞋らして跳び込んで来た青年」
「愛すべき単純な若者は返す言葉に窮した」
「力千鈞の鼎(かなえ)を挙げる勇者」
「老人は顔色を失い」
「由の音を聞くに、南音に非ずして北声に類するものだ」
「由の音を聞くに、南音に非ずして北声に類するものだ」
「容易な手綱では抑えられそうもない」
「苛斂誅求を事とせぬ」
「永年に亘る孔子の遍歴が始まる」
「事ある場合」
「文学士がこれじゃ見っともない」
「極めて小数の人達しか知らない悪い言葉」
「一つの黒い塊が湧きあがってきて」
「幾百万の(とは言え本当は人口二百三十六名である)村人は殺到した」
「谷底から現れた小粒な斑点は一つ残らず校門へ吸い込まれた」
「神経の枯木と化していた私」
「不意に事を起し」
「自分の部落以外とは結ぶことを欲しない」
「『静御前』と云う一人の上﨟の幻影の中に崇敬と思慕の情とを寄せている」
「見馴れない都会風の青年紳士」
「人の足跡を辿れるくらいな筋が附いている」
「身を隠していられる」
「下町の曖昧なところに身を隠した」
「重い冷たい布が肉体を包む」
「濃い白い粘液を顔中へ押し拡げる」
「甘い匂いの露が、毛孔へ沁み入る」
「彼を相手にしないのは、自然の数(すう)である」
「いささか色を作(な)して」
「いささか色を作(な)して」
「崖の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた」
「どす黒い空気が息苦しい煙になって」
「保吉の覚えているのは薄明るい憂鬱ばかりである」
「物好きな聯想(れんそう)を醸(かも)させるために」
「草書で白ぶすまを汚せる」
「肩や胸が自分のものかどうかもわからなくなりました」
「火花がパチパチあがり見ていてさえめまいがする位でした」
「占めたと、膝を打ち」
「脚はワナワナと顫(ふる)え」
「汗は流れて踵まで至った」
「蒼ざめた顔をして」
「老人は顔色を失い」
「手綱を必要とする弟子もある」
「病臥中の王の頸(くび)をしめて」
「子路は顔を赧らめた」
「真蒼な顔をする」
「一人を射るごとに目を掩(おお)うた」
「子路は顔を曇らせた」
「かみさんが頭を板の間へすりつけた」
「顋(あご)を長くしてぼんやりしている」
「胸に手を当ててごらん!」
「佩刀(はいとう)をガチャガチャいわせた」
「自分の母が狭斜(きょうしゃ)の巷に生い立った人である」
「娘を金に替えた」
「母の故郷の土を蹈(ふ)んだ」
「その岩の上から腰を擡(もた)げた」
「私の顔は青くなり」
「私の顔は赤くなり」
「あの地面は、一度も蹈(ふ)んだ覚えはなかった」
「古川が真赤になって怒鳴り込んで来た」
「夜鷹やほととぎすなどが咽頭をくびくびさせている」
「庖丁の音をさせたり、台所をゴトツカせている」
「庖丁の音をさせたり、台所をゴトツカせている」
「東京の塵埃(じんあい)を背後(うしろ)にした」
「ああ、千慮の一失である」
「花見に来た者は、きっと川原の景色を眺めたものである」
「澄み切った秋の空気の中に、冷え冷えと白い」
「狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ」
「五社峠の峻嶮(しゅんげん)を越えて」
「谷あいの秋色(しゅうしょく)は素晴らしい眺めであった」
「清吉と云う若い刺青師の腕ききがあった」
「外にはサアッと雨が降っている」
「諸君、彼は禿頭である。然り、彼は禿頭である」
「ああこれ実に何たる滑稽! 然り何たる滑稽である」
「唯(ただ)一策を地上に見出すのみである。しかり、ただ一策である」
「しかるに諸君、ああ諸君、おお諸君」
「風である。しかり風である風である風である」
「驚いたではないか! 驚いた! ほんとうに驚いたか! 本当に驚いた!」
「団子の食えないのは情ない。しかし許嫁が他心を移したのは、なお情ない」
「『今はむげにいやしくなりさがれる人の、さかえたる昔をしのぶがごとく』ふさぎこんでしまう」
「それは諺に云ふ群盲の象を撫でるやうなもの」
「麗はしきこと高山植物のごとく、単なる植物ではなかった」
「同じく命なりと云うにしても、かなり積極的な命なりである」
「五分苅ではない五分生えに生えた頭」
「夜が明け放たれた」
「この煙を満面に浴びせられたおかげで咳きこまなければならなかった」
「高慢な唇を反らせて」
「すべてが行かない前と同じことです」
「今考えても冷りとするような突き詰めた考え」
「茅屋(かやや)が二軒三軒と飛び飛びに物悲しく見えた」
「蠍はいやな息をはあはあ吐いて」
「蠍の眼も赤く悲しく光りました」
「寒々とした灰色の空から霙(みぞれ)が落ちかかる」
「勇も政治的才幹も、この珍しい愚かさに比べればものの数でない」
「甥こそいい面(つら)の皮だ」
「教頭は赤シャツ」
「天麩羅事件を日露戦争のように触れちらかす」
「なもした何だ。菜飯は田楽の時より外に食うもんじゃない」
「おれが山嵐と戦争をはじめて」
「あわただしい後悔と一緒に黄昏に似た沈黙がこの書斎に閉じ籠もる」
「時計はいそがしく十三時を打ち」
「竜巻が周章(あわ)てふためいて」
「水をくれえ。お茶がええ」
「時雨が山の奥から慌てふためいて駈け出してくる」
「沈着を一人で引受けた足どりで演壇へ登った」
「この深刻な手つきは精神的魅力に富んでいた」
「大変耳の悪い群衆は親切にとりついでやった」
「思わず卒倒してしまう感激した」
「土地が土地だからそれからそれと変った材料が得られる」
「その刺青こそは彼の生命のすべてであった」
「苦痛のかげもとまらぬ晴れやかな眉を張って」
「川がどんよりと物憂く流れていた」
「触るるものに紅の血が濁染むかと疑われた生々しい唇」
「化粧も着附けも、化物のような気がした」
「月の前の星のように果敢なく萎れてしまう」
「私は月の前の星のように果敢なく萎れてしまう」
「曇りのない鮮明な輪郭をくッきりと浮かばせて」
「手をちらちらと、魚のように泳がせている」
「手をちらちらと魚のように泳がせている」
「時々夢のような瞳を上げて天井を仰いだり」
「表情が、溢れんばかりに湛えられる」
「全く別趣の表情が溢れんばかりに湛えられる」
「黒い大きい瞳は、二つの宝石のよう」
「顔面のすべての道具があまりに余情に富み過ぎて」
「人間の顔と云うよりも、男の心を誘惑する甘味ある餌食(えじき)であった」
「女の容貌の魅力にたちまち光を消されて」
「女の容貌の魅力に蹈(ふ)み附けられて行く口惜しさ」
「好奇心と恐怖とが、頭の中で渦を巻いた」
「明くる日の晩は素晴らしい大雨であった」
「滝のごとくたたきつける雨」
「二三人の男が、敗走した兵士のように駈け出して行く」
「提灯の火が一つ動き出して」
「薫りと体温が蒸すように罩(こも)っていた」
「ミステリーの靄の裡(うち)に私を投げ込んでしまっている」
「ミステリーの靄(もや)の裡(うち)に私を投げ込んで」
「女は人魚のように擦り寄り」
「白い両腕を二匹の生き物のように、だらりと卓上に匍(は)わせた」
「白い両腕を二匹の生き物のようにだらりと卓上に匍(は)わせた」
「遠い国の歌のしらべのように、私の胸に響いた」
「さながら万事を打ち捨てて、私の前に魂を投げ出しているようであった」
「がらがらと市街を走ってから、轅(ながえ)下ろす」
「白い霞のような天の川」
「天の川が流れている」
「犬が路上の匂いを嗅ぎつつ自分の棲み家へ帰るように」
「女は死人のような顔をして」
「むしろ空惚(そらとぼ)けて別人を装うもののごとく」
「別人を装うても訝(あや)しまれぬくらい異っていた」
「笑いは泪より内容の低いもの」
「笑いは泪より内容の低いもの」
「喜劇が泪の裏打ちによって抹殺を免かれている」
「喜劇(コメディ)というものが危く抹殺を免かれている」
「芸術の埒外(らちがい)へ投げ捨てられている」
「感激のあまり動悸(どうき)が止まって卒倒する」
「『芸術』の二文字を語彙の中から抹殺して」
「この厄介な『芸術』の二文字を語彙の中から抹殺して」
「清浄にして白紙のごとく寛大な読者の『精神』」
「喜劇は泪の裏打ちによって人を打つ」
「寓意や泪の裏打ちによって人を打つ」
「ドビュッシーの価値を決して低く見積りはしない」
「時代の人を盲目とする蛮力(ばんりょく)に驚きを深くせざるを得ない」
「音を説明するためには言葉を省いて音譜を挿(はさ)み」
「人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせるのが一番正しい」
「さながら雲を掴むようにしか『言葉の純粋さ』について説明を施し得ない」
「愚かな無意味なものとするほかには何の役にも立っていない」
「最低のスペシアリテまでは読者の方で上って来なければならぬ」
「スペシアリテ以下にまで作者の方から出向いて行く法はない」
「人間というものは、儚ない生物にすぎない」
「芸術の中へ大胆な足を踏み入れてはならない」
「ここから先へ一歩を踏み外せば」
「喜びや悲しみや歎(なげ)きや夢や嚔(くしゃみ)やムニャムニャや」
「愛すべき怪物が、愛すべき王様が、すなわち紛れなくファルスである」
「有(あら)ゆる翼を拡げきって」
「空想であれ、夢であれ、死であれ、怒りであれ、矛盾であれ、トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ」
「否定をも肯定し」
「肯定をも肯定し」
「ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し」
「ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し」
「ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し、さらにまた肯定し、結局人間に関する限りの全てを永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定して止むまいとするものである」
「永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定して止むまい」
「何言ってやんでいを肯定し」
「と言ったようなもんだよを肯定し」
「途方もない矛盾の玉をグイとばかりに呑みほす」
「途方もない混沌をグイとばかりに呑みほす」
「ドン・キホーテ先生のごとく、頭から足の先まで Ridicule に終ってしまう」
「この親父と子供を、懸命な珍妙さにおいて大立廻りを演じさせてしまう」
「木像のごとく心臓を展(ひら)くことを拒む」
「木杭(きぐい)のごとく心臓を展(ひら)くことを拒む」
「電信柱のごとく断じて心臓を展(ひら)くことを拒む」
「心臓を展(ひら)くことを拒む」
「得体(えたい)の知れない混沌を捏(こ)ね出そうとするかのように」
「自分とは関係のない存在だと切り離してしまっていた」
「父について無であり」
「不快な老人を知っていただけ」
「阿賀川の水がかれてもあそこの金はかれない」
「いつも乞食の子供のような破れた着物をきていた」
「私の母を苦しめたのは貧乏と私だけではない」
「父の中に私を探す」
「父の中に私を探す」
「私は多くの不愉快な私の影を見出した」
「遺恨のごとく痛烈に理解せられる」
「私の無関係なこの老人」
「なぜ胸に焼きつけているかというと、父はもう動くことができなかった」
「入道のような大坊主で」
「海坊主のような男であった」
「私は親父の同じ道を跡を追っている」
「私は親父の同じ道を跡を追っている」
「それにつけたして『然し裏面のことはどうだか知らない』と咢堂は特につけたしているのである」
「政治家よりも文学者により近い」
「咢堂の厭味を徹底的にもっている」
「ウンザリするほど咢堂的な臭気を持ちすぎている」
「私自身の体臭を嫌うごとくに咢堂を嫌う」
「老人はギラギラした目でなめるように擦り寄ってきて」
「私はその薄気味悪さを呪文のように覚えている」
「持病で時々死の恐怖をのぞき」
「死と争ってヒステリーとなり」
「母の人柄は怪物のようにわけが分らなく」
「英雄のような気取った様子でアバヨと外へ出て行く」
「私の胸は切なさで破れないのが不思議であった」
「こういうことは大谷が先生であった」
「渡辺という達人もいた」
「この切なさで子供とすぐ結びついてしまう」
「それは健康な人の心の姿ではない」
「父は晩年になって長男と接触して」
「好奇の目を輝やかせるようになったのだが、それはもう異国の旅行者の目と同じ」
「それはもう異国の旅行者の目と同じ」
「私は一人の老人について考え」
「墨をすらせる子供以外に私について考えておらず」
「『紅楼夢』を私自身の現身のようにふと思う」
「オレは石のようだな」
「そして、石が考える」
「水に浮く葱(ねぶか)の屑も、気のせゐか青い色が冷たくない」
「凩(こがらし)の吹く世の中を忘れたやうに歩いて行く」
「『埋火(うずみび)のあたたまりの冷むるが如く』息を引きとらうとしてゐた」
「天下の冬を庭さきに堰(せ)いた新しい障子」
「天下の冬を庭さきに堰(せ)いた」
「身にしみるやうに冷々する」
「皆息もしないやうに静まり返つて」
「座敷の中のうすら寒い沈黙に抑へられて」
「まるで際限ない寒空でも望むやうに遠い所を見やつてゐる」
「堅い信念が根を張つてゐた」
「それはあたかも目に見えない毒物のやうに」
「満足と悔恨とはまるで陰と日向のやうに」
「この花屋の門を叩いて」
「彼一人が車輪になって」
「腹の底からこみ上げて来る哄笑が鼻の孔(あな)から迸(ほとばし)つて来るやうな声」
「人を莫迦にしたやうな容子」
「どこかその経過に興味でもあるやうな観察的な眼」
「限りない人生の枯野の中」
「枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失った自分たち自身を歎いてゐる」
「総身に汗の流れるやうな不気味な恐しさ」
「恐怖の影をうすら寒く心の上にひろげる」
「どこか蝋(ろう)のやうな小さい顔」
「銀のやうな白い鬚(ひげ)」
「人情の冷さに凍てついて」
「あたかも明方の寒い光が次第に暗の中にひろがるやうな朗な心もち」
「彼は悲しい喜びの中に菩提樹の念珠をつまぐりながら」
「眼底を払って去った如くかすかな笑を浮べて」
「寝静まった通りに凝視(みい)っていた」
「起きている窓はなく」
「深夜の静けさは暈(かさ)となって街燈のぐるりに集まっていた」
「深夜の静けさは街燈のぐるりに集まっていた」
「遠くの樹に風が黒く渡る」
「仄白く浮かんだ家の額」
「喬(たかし)は青鷺のように昼は寝ていた」
「深い霧のなかを影法師のように過ぎてゆく想念」
「影法師のように過ぎてゆく想念」
「ネエヴルの尻のようである」
「脹(は)れはネエヴルの尻のようである」
「ある痕は、古い本が紙魚(しみ)に食い貫かれたあとのようになっている」
「腫物はサボテンの花のようである」
「釦の多いフロックコートを着たようである」
「生活に打ち込まれた一本の楔(くさび)」
「生活に打ち込まれた一本の楔」
「また一本の楔、悪い病気の疑いが彼に打ち込まれた」
「また一本の楔、悪い病気の疑いが彼に打ち込まれた」
「彼は病める部分を取出して眺めた」
「それはなにか一匹の悲しんでいる生き物の表情」
「それ[=女の腕]はまさしく女の腕であって、それだけだ」
「榊の葉やいろいろの花にこぼれている朝陽の色」
「川水は簾(すだれ)のようになって落ちている」
「新聞紙が一しきり風に堪えていた」
「新聞紙が風に堪えていたが、ガックリ転ると」
「加茂の森が赤い鳥居を点じていた」
「パラソルや馬力が動いていた」
「美しい枯れた音がした」
「鈴の音は身体の内部へ流れ入る溪流のように思えた」
「鈴の音は腰のあたりに湧き出して」
「鈴の音は彼の身体の内部へ流れ入る澄み透った溪流のように思えた」
「鈴の音は澄み透った溪流のように思えた」
「鈴の音は身体を流れめぐって」
「彼の血を洗い清めてくれる」
「彼の小さな希望は深夜の空気を顫(ふる)わせた」
「私の病んでいる生き物」
「暗黒が絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る」
「暗黒が周囲に迫って来る」
「われわれは悪魔を呼ばなければならない」
「金毛の兎が遊んでいるように見える枯萱山(かれかれやま)」
「枯萱山(かれかれやま)が夜になると黒ぐろとした畏怖に変わった」
「孤独の電燈を眺めた」
「光がはるばるやって来て」
「光が私の着物をほのかに染めている」
「身を噛むような孤独」
「深い溪谷が闇のなかへ沈む」
「山々の尾根が古い地球の骨のように見えて来た」
「山々は私のいるのも知らないで話し出した」
「バァーンとシンバルを叩いたような感じである」
「溪は尻っ尾のように細くなって」
「その木の闇は大きな洞窟のように見える」
「爬虫の背のような尾根が蜿蜒(えんえん)と匍(は)っている」
「爬虫の背のような尾根が蜿蜒(えんえん)と匍(は)っている」
「尾根が蜿蜒(えんえん)と匍(は)っている」
「杉林がパノラマのように廻って」
「木が幻燈のように光を浴びている」
「闇は街道を呑み込んでしまう」
「心が捩じ切れそうになる」
「どこへ行っても電燈の光の流れている夜」
「気味の悪い畜類の飛んでいるのが感じられる」
「港に舫(もや)った無数の廻船(かいせん)のように建て詰んだ」
「物干しがなんとなくそうしたゲッセマネのような気がしないでもない」
「しかし私はキリストではない」
「妄想という怪獣の餌食となりたくない」
「どの家も寐静まっている」
「露路に住む魚屋の咳」
「肺病は陰忍な戦いである」
「家賃を払う家が少なくて」
「葬儀自動車が来る」
「魚屋が咳いている」
「白いものが往来している」
「ブールヴァールを歩く貴婦人のように悠々と歩く」
「市役所の測量工夫のように辻から辻へ走ってゆく」
「変てこな物音をたてる生物になってしまった」
「人と一緒にものを見物しているような感じが起って来た」
「こういう動物の図々しいところ」
「ニつの首がくるりと振り向いた」
「描は二条の放射線となって」
「俺は石だぞ」
「河鹿(かじか)が恐る恐る顔を出す」
「すでに私は石である」
「南画の河童とも漁師ともつかぬ点景人物そっくりになって来た」
「小さい流れがサーッと広びろとした江に変じてしまった」
「彼らの音楽ははたと止まった」
「声は風の渡るように響いて来る」
「絶えず揺れ動く一つのまぼろしを見るようである」
「この地球に響いた最初の生の合唱」
「その声は涙を催させるような種類の音楽である」
「合唱の波のなかに漂いながら」
「雄の鳴くたびに『ゲ・ゲ』と満足気な声で受け答えをする」
「雌は『ゲ・ゲ』とうなずいている」
「水を渡りはじめた」
「母親に泣きながら駆け寄って行くときと少しも変ったことはない」
「ビールの酔いを肩先にあらわし」
「ダンスレコードが暑苦しく鳴っていた」
「感傷の色が酔いの下にあらわれて」
「世間に住みつく根を失って」
「世間に住みつく根を失って浮草のように流れている」
「僕一人が浮草のように流れている」
「青年はウエイトレスがまたかけはじめた『キャラバン』の方を向いて」
「南京鼠の匂いでもしそうな汚いエキゾティシズムが感じられた」
「南京鼠の匂いでもしそうな汚いエキゾティシズム」
「その青年の顔は相手の顔をじっと見詰めて」
「青年の顔にはわずかばかりの不快の影が通り過ぎた」
「青年の顔にはわずかばかりの不快の影が通り過ぎた」
「半分夢を見ているような気持です」
「心を集めてそこを見ていると」
「青年はまたビールを呼んだ」
「ウィーンの市が眠っている」
「新しい客の持って来た空気」
「白い布のような塊りが照らし出されていて」
「白い布のような塊りが明るい燈火に照らし出されて」
「白いシーツのように見えていた」
「生理的な終結はあっても、空想の満足がなかった」
「心にのしかかって来た」
「萎びた古手拭のような匂い」
「自分に萎びた古手拭のような匂いが沁みているような気がして」
「顔貌(かおつき)にもいやな線があらわれて」
「女の諦めたような平気さ」
「女の諦めたような平気さが極端にいらいらした嫌悪を刺戟する」
「主婦はもう寝ていた」
「窓のなかの二人はまるで彼の呼吸を呼吸しているようであり」
「まるで彼の呼吸を呼吸しているようであり」
「彼は二人の呼吸を呼吸しているようである」
「その寡婦と寝床を共にしている」
「薄い刃物で背を撫でられるような戦慄」
「自分の持っている欲望を言わば相手の身体にこすりつけて」
「自分と同じような人間を製造しようとしていた」
「だんだんもつれて来る頭」
「生島はだんだんもつれて来る頭を振るようにして」
「家が朽ちてゆくばかりの存在を続けている」
「通りすがりの家が窓を開いている」
「味気ない生活が蚊遣りを燻したりしていた」
「自分の心を染めている」
「顔には浮世の苦労が陰鬱に刻まれていた」
「その部屋と崖との間の空間がにわかに一揺れ揺れた」
「なにか芝居でも見ているような気でその窓を眺めていた」
「猫中の大王とも云うべきほどの偉大なる体格」
「寒竹をそいだような耳」
「花弁をこぼした紅白の山茶花」
「人間は猫属の言語を解し得るくらいに天の恵に浴しておらん」
「性の悪い牡蠣のごとく書斎に吸い付いて」
「一疋は西洋の猫じゃ猫じゃを躍っている」
「いよいよ牡蠣の根性をあらわしている」
「あの牡蠣的主人がそんな談話を聞いて」
「そんな浮気な男が何故牡蠣的生涯を送っているか」
「桃川如燕以後の猫か、グレーの金魚を偸んだ猫くらいの資格は充分ある」
「餅菓子などを失敬しては頂戴し、頂戴しては失敬している」
「汁の中に焦げ爛れた餅の死骸」
「細君がタカジヤスターゼを突き付けて詰腹を切らせようとする」
「餅は魔物だな」
「歯答えがあるだけでどうしても始末をつける事が出来ない」
「噛んでも噛んでも三で十を割るごとく」
「雑煮の元気も回復した」
「初春の長閑な空気を無遠慮に振動させて」
「枝を鳴らさぬ君が御代を大に俗了してしまう」
「主人は戦争の通信を読むくらいの意気込で」
「迷園のごとく陰気でだだっ広く」
「未来への絶望と呪咀のごときものが漂っている」
「住む人間は代々の家の虫で」
「家づきの虫の形に次第に育って行く」
「その家づきの虫の形に次第に育って行く」
「死んでなお霊気と化してその家に在るかのように」
「一見寺のような建物で」
「屋根裏は迷路のように暗闇の奥へ曲りこんで」
「私は物陰にかくれるようにひそんで」
「ピュウピュウと悲鳴のように空の鳴る吹雪」
「音の真空状態というものの底へ落ちた雪」
「私の東京の家は姉の娘達の寄宿舎のようなものであった」
「東京の小さな部屋が自分の部屋のようで」
「自分の部屋のようで可愛がる気持になる」
「家に生れた人間の宿命であり溜息であり」
「いつも何か自由の発散をふさがれている」
「自由の発散をふさがれているような」
「家の虫の狭い思索と感情の限界がさし示されている」
「思索と感情の限界がさし示されているような陰鬱な気がする」
「私のふるさとの家は空と、海と、砂と、松林であった」
「ふらふらと道をかえて知らない街へさまよいこむような悲しさ」
「海と空と風の中にふるさとの母をよんでいた」
「私も亦家の一匹の虫であった」
「白痴は強情であった」
「石が死にかけてから」
「石が死にかけてから真剣に考えはじめ」
「野宿して乞食のように生きており」
「三畳の戸を倒して」
「体力が全力をこめて突き倒し」
「その姿が風であって見えない」
「白痴が息をひきとった」
「私の胸は悲しみにはりさけないのが不思議であり」
「罪と怖れと暗さだけでぬりこめられている」
「犬のように逃げ隠れて」
「雷神のごとくに荒々しい帰宅であった」
「空の奥、海のかなたに見えない母をよんでいた」
「ふるさとの母をよんでいた」
「一つの石が考えるのである」
「放校されたり、落第したり、中学を卒業した」
「ボクサーは蛇をつかまえて売るのだと云って」
「ボクサーが蛇を見つけ」
「少年多感の頃の方が今の私よりも大人であった」
「『改造』などへ物を書いており」
「『改造』などへ物を書いており」
「奥さんと原始生活をしていた」
「サイダーがあるから、ぜひ上れという」
「私が代用教員をしたところは、まったくの武蔵野で」
「私の始めて見た意外であって」
「私はこの人の面影を高貴なものにだきしめていた」
「私はこの人の面影を高貴なものにだきしめていた」
「ただその面影を大切なものに抱きしめていた」
「ただその面影を大切なものに抱きしめていた」
「美しい人のまぼろし」
「所蔵という精神がなかったが、所蔵していたものといえば高貴な女先生の幻で」
「そういう家自体の罪悪の暗さ」
「性格の上にも陰鬱な影となって落ちており」
「性格の上にも陰鬱な影となって落ちており」
「生理的にももう女ではないのだろうか」
「まったく野獣のような力がこもっていて」
「二人の肉体を結びつけた」
「石津はオモチャにされ、踏みつけられ」
「踏みしだかれて、路上の馬糞のように喘いでいる」
「路上の馬糞のように喘いでいる」
「甘んじて犠牲になるような正しい勇気も一緒に住んでいる」
「自殺が生きたい手段の一つである」
「派手な浴衣の赤褌に」
「黄色い手ぬぐいの向う鉢巻が」
「ノスタレ爺の野郎は」
「ノスタレとオーム・シッコが二人で」
「ノスタレとオーム・シッコが二人で突立って」
「鳥の毛をむしったようにブツブツだらけ」
「不動様の金縛りを喰った山狼(やまいぬ)みてえな恰好で」
「青い瞳(め)をしたセルロイドじゃあるめえし」
「女の出来ねえ職人たら歌を忘れたカナリアみてえなもんで」
「西も東もわからねえ人間の山奥みてえな亜米利加三界」
「破裂しちまいそうな南京花火みてえな気もち」
「一番鬮(くじ)の本鬮はドッチミチこっちのもんだ」
「ドッチから先に箸(はし)を取ろうか」
「屠所(としょ)の羊どころじゃねえ」
「イルミネーションの海の底を続き」
「馬車と電車の洪水でサ」
「腸詰の材料に合格の紫スタムプみてえなチューだったんで」
「キチガイが焼酎を飲んで火事見舞に来たようなアンバイなんで」
「アカリが点いたのを見ると太陽が二十も三十も出て来たようで」
「拙ない女文字を走らせる」
「死ぬかと思われるほどの不思議な驚きに打たれました」
「不思議な悩ましさが眼の前に押し迫って」
「或る気高い力に引き立てられて行くような気持ち」
「何かしら不思議なお酒に酔っているような気持ち」
「私は運命の手に抱かれて」
「七八つの子供が夢みますような、甘えた、安らかな気持ち」
「故郷の家の有様なぞが幻燈のように美しく」
「子供心に立ち帰りましたような、甘いような、なつかしいような涙」
「子供心に立ち帰りましたような、甘いような、なつかしいような涙」
「ツキヌクほど白いお顔」
「あなたのお母様は絵のようだ」
「お母様は井ノ口家のたった一粒種で御座いました」
「色の黒い女で男のように笑うのでした」
「お母様はお仕事の地獄に落ちて」
「お二人とも私を喰べてしまいたいほど可愛がって」
「青年子女が『資本論』という魔法使いの本に憑かれだした」
「生徒があたかも忍び込む煙のような朦朧さで這入ってきた」
「生徒が、あたかも煙のような朦朧さで這入(はい)ってきた」
「今日が始まろうとしていた」
「必要以上に考え深い人達が幸福な保護を受けている」
「鉄格子のあちら側には幸福な保護を受けている」
「必要以上に大きな空気をごくりと呑んで」
「こういう顔付が刑務所の鉄格子のあちら側にある顔だと思いこんでしまう」
「ようやくコンゴーのジャングルから現れてきたばかりだという面影」
「この怪物の入学には一方ならず怯えた」
「気の毒なほどひやりと顔色を変える」
「蟇やゴリラはめったに人に話しかけない」
「霧を吸い木の芽をくい、モモンガーを退治してすき焼をつくり」
「蛇だって足や腹をすべらして墜落したら」
「栗栖按吉(くりすあんきち)がクリクリ坊主になって」
「フレンド軒は横を向いて息をのんだ」
「御好み通り傷の十は進上してお帰しするから覚えていろ」
「御好み通り傷の十は進上してお帰しするから覚えていろ」
「頭からは汗が湧出し流れる」
「頭自体が水甕(みずがめ)にほかならない」
「耳と耳の間が風を通す洞穴になっていて」
「風と一緒に先生の言葉も通過させてしまう」
「栗栖按吉がこのようなたった一人の惨めな生徒であった」
「精神の貧困ほど陰惨で、みじめきわまるものはない」
「朝めし前の茶漬けにもならない」
「覚えまいと思っていても覚えるほかに手がない」
「あんなもの、朝めし前の茶漬けだぜ」
「膝関節がめきめきし、肩が凝って息がつまってくる」
「目がくらむ。スポーツだ」
「肉体がそもそも辞書に化したかのような」
「二苦労や七苦労で原書がお読めになるところまで行けない」
「二苦労や七苦労で原書がお読めになるところまで行けない」
「二苦労や七苦労で原書がお読めになるところまで行けない」
「女の人に道を尋ねて女の人が返事をしてくれれば、女の人をわが物にしたことになるというのと同じようなもの」
「チベット語はたしかに臭い」
「先生は二三十分も激しい運動をなすっていらっしゃるが、単語が現れてくれない」
「スカンクも悶絶するほど臭い」
「チベット語を吸いて帰れり」
「年中あのことばかり考え耽っていた」
「心はしばらくふくらんでいた」
「悟りが息を殺して隠れている」
「悟りが息を殺して隠れている」
「猿の大王だの豚の精だのひきつれてでかけた坊主もいた」
「猿の大王だの豚の精だのひきつれてでかけた坊主もいた」
「先生方はみんな頭の涼しい方で」
「肉体は常に温顔をたたえ」
「さながら春の風をたたえていらっしゃる」
「肉体は梅花咲くあのやわらかな春風をたたえて」
「肉体は春風をたたえて」
「温顔が目の前いっぱいに立ちふさがっている」
「温顔がニコニコときさくに語って下さる」
「温顔がニコニコと仰有る」
「温顔が按吉の頭の中へのりこんできて」
「温顔がのっしのっしと按吉の頭の中へのりこんできて」
「温顔が頭の中へのりこんできて」
「脳味噌を掻きわけてあぐらをかいてしまう」
「温顔が脳味噌を掻きわけて」
「温顔があぐらをかいて」
「坊主の学校で」
「坊主の勉強しなければならない」
「坊主の足を洗いたい」
「金輪際坊主の講座へでてこなかった」
「風に吹かれて飛びそうな姿」
「龍海さんは貯金の鬼であった」
「亡者にちかい姿になった」
「八さん熊さんと同列に落語の中の人物になる」
「落語の中の人物になるような頓間な飲み方はしない」
「ノスタルジイにちかい激烈な気持であった」
「秦蔵六だの竹源斎師など名前すら聞いたことがなく」
「匙をとりあげると口と皿の間を往復させ食べ終るまで下へ置かず」
「先生は、殺しても尚あきたりぬ血に飢えた憎悪を凝らして、僕を睨んだ」
「僕は祇園の舞妓と猪だとウッカリ答えてしまった」
「京都の隠岐は」
「東京の隠岐ではなく」
「京都の隠岐は古都のぼんぼんに変っていた」
「京都の隠岐は古都のぼんぼんに変っていた」
「一管のペンに一生を托して」
「清滝の奥や小倉山の墓地の奥まで踏みめぐった」
「禅坊主の悟りと同じことで」
「林泉や茶室というものは空中楼閣なのである」
「大自然のなかに自家の庭を見、又、つくった」
「彼の俳句自体が庭的なものを出て」
「三十三間堂の塀ときては塀の中の巨人である」
「智積院の屏風ときては、あの前に坐った秀吉が花の中の小猿のように見えた」
「秀吉が花の中の小猿のように見えた」
「『帰る』ということは不思議な魔物だ」
「あの大天才達は僕とは別の鋼鉄だろうか」
「孤独の部屋で蒼ざめた鋼鉄人の物思いに就て考える」
「突然遠い旅に来たような気持になる」
「病院は子供達の細工のようなたあいもない物であった」
「この工場は僕の胸に食い入り」
「書こうとしたことが自らの宝石であるか」
「その一生を正視するに堪えない」
「一つの歴史の形で巨大な生き者の意志を示している」
「歴史は別個の巨大な生物となって誕生し」
「歴史は巨大な生物となって誕生し」
「日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であった」
「日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であった」
「政治はやむべからざる歩調をもって」
「政治は大海の波のごとくに歩いて行く」
「政治は大海の波のごとくに歩いて行く」
「歴史の独創、又は嗅覚であった」
「歴史は常に人間を嗅ぎだしている」
「政治家達の嗅覚によるもの」
「日本の政治家達は絶対君主の必要を嗅ぎつけていた」
「歴史的な嗅覚に於てその必要を感じる」
「権謀術数がたとえば悪魔の手段にしても」
「悪魔が幼児のごとくに神を拝む」
「地獄に堕ちて暗黒の曠野(こうや)をさまよう」
「文学の道とはかかる曠野(こうや)の流浪である」
「予想し得ぬ新世界への不思議な再生」
「その奇怪な鮮度に対する代償として」
「奇妙な呪文に憑かれていた」
「石川島に焼夷弾の雨がふり」
「石川島に焼夷弾の雨がふり」
「大邸宅が嘘のように消え失せて」
「廃墟がなければピクニックと全く変るところがない」
「罹災者達の蜿蜿(えんえん)たる流れ」
「捨てられた紙屑を見るほどの関心しか示さない」
「罹災者達が無心の流れのごとくに死体をすりぬけて行き交い」
「罹災者達の行進は充満と重量をもつ無心であり」
「日本人は素直な運命の子供であった」
「娘達は未来の夢でいっぱいで」
「私は焼野原に娘達の笑顔を探すのがたのしみであった」
「無心であったが、充満していた」
「一尺離れているだけで全然別の世界にいる」
「敗戦の表情はただの堕落にすぎない」
「人間達の美しさも泡沫のような虚しい幻影にすぎない」
「堕落の平凡な跫音(あしおと)に気づく」
「堕落のただ打ちよせる波のようなその当然な跫音に気づく」
「打ちよせる波のようなその当然な跫音(あしおと)に気づく」
「処女の純潔の卑小さなどは泡沫のごとき虚しい幻像にすぎない」
「日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた」
「日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた」
「虚しい美しさが咲きあふれていた」
「未亡人はすでに新たな面影によって」
「新たな面影によって胸をふくらませている」
「ただ人間へ戻ってきたのだ」
「人間の心は苦難に対して鋼鉄のごとくでは有り得ない」
「他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し」
「自分自身の武士道をあみだす」
「自分自身の天皇をあみだす」
「人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ」
「石油成金の産地でもある」
「最も天皇を冒涜する者が最も天皇を崇拝していた」
「天皇を我が身の便利の道具とし」
「日本歴史のあみだした独創的な作品」
「日本歴史のあみだした独創的な作品」
「土人形のごとくにバタバタ死ぬのが厭でたまらなかった」
「土人形となってバタバタ死んだ」
「義理人情というニセの着物をぬぎさり」
「赤裸々な心になろう」
「この赤裸々な姿を突きとめ見つめる」
「日本は堕落せよと叫んでいる」
「『健全なる道義』から転落し」
「裸となって真実の大地へ降り立たなければならない」
「裸となって真実の大地へ降り立たなければならない」
「裸となって真実の大地へ降り立たなければならない」
「五十銭を三十銭にねぎる美徳だの、諸々のニセの着物をはぎとり」
「裸となり、ともかく人間となって出発し直す」
「ともかく人間となって出発し直す必要がある」
「まず裸となり、とらわれたるタブーをすて」
「真実の悲鳴を賭けねばならぬ」
「堕落すべき時にはまっさかさまに堕ちねばならぬ」
「虚しい義理や約束の上に安眠し」
「社会制度というものに全身を投げかけて」
「堕落者はただ一人曠野(こうや)を歩いて行く」
「堕落者はただ一人曠野(こうや)を歩いて行く」
「孤独という通路は神に通じる道であり」
「孤独という通路は神に通じる道であり」
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ」
「キリストが淫売婦にぬかずくのもこの曠野(こうや)のひとり行く道に対して」
「キリストが淫売婦にぬかずくのもひとり行く道に対してであり」
「この道だけが天国に通じている」
「この道が天国に通じている」
「日本人が誕生したのである」
「社会制度は目のあらい網であり」
「人間は永遠に網にかからぬ魚である」
「人間は常に網からこぼれ堕落し」
「その魂の声を吐くものを文学という」
「反逆自体が協力なのだ」
「反逆自体が愛情なのだ」
「徴用されて機械にからみついていた」
「その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいた」
「物置のようなひん曲った建物があって」
「肺病の豚にも贅沢すぎる小屋ではない」
「肺病の豚にも贅沢すぎる小屋ではない」
「全部の者と公平に関係を結んだ」
「娘は大きな二つの眼の玉をつけていて」
「妹が猫イラズを飲んだ」
「裏側の人生にいくらか知識はある」
「仕立屋は哲学者のような面持で静かに答える」
「気違いは三十前後で、母親があり、二十五六の女房があった」
「うっとうしい能面のような美しい顔立ちで」
「古風の人形か能面のような美しい顔立ち」
「万巻の読書に疲れたような憂わしげな顔」
「気違いの方は我家のごとくに堂々と侵入してきて」
「白痴の女は音もなく影のごとくに逃げこんできて」
「婆さんの鳥類的な叫びが起り」
「虫の抵抗の動きのような長い反復がある」
「会社員よりも会社員的な順番制度をつくっている」
「内にあっては救済組織であるけれども外に出でてはアルコールの獲得組織で」
「彼等の魂や根性は会社員よりも会社員的であった」
「現実を写すだけならカメラと指が二三本あるだけで沢山ですよ」
「弾丸も飢餓もむしろ太平楽のようにすら思われる時があるほどだった」
「弾丸も飢餓もむしろ太平楽のようにすら思われる」
「底知れぬ退屈を植えつける奇妙な映画」
「蒼ざめた紙のごとく退屈無限の映画がつくられ」
「伊沢の情熱は死んでいた」
「ごめんなさいね、という意味も言ったけれども」
「無数の袋小路をうろつき廻る呟き」
「ごめんなさいね、がどの道に連絡しているのだか」
「白痴の女の一夜を保護するという眼前の義務」
「白痴の意志や感受性」
「人間以外のものが強要されているだけだった」
「白痴の心の素直さ」
「ただあくせくした人間共の思考」
「三ツか四ツの小さな娘をねむらせるように額の髪の毛をなでてやる」
「女はボンヤリ眼をあけて」
「女を寝床へねせて」
「まったく幼い子供の無心さと変るところがない」
「芸術の前ではただ一粒の塵埃でしかないような二百円の給料」
「二百円の給料がどうして骨身にからみつき」
「生存の根底をゆさぶる」
「大声が胸に食いこんでくる」
「泥人形のくずれるように同胞たちがバタバタ倒れ」
「木も建物も何もない平な墓地になってしまう」
「夢の中の世界のような遥かな戯れ」
「生きる希望を根こそぎさらい去る」
「二百円に首をしめられ」
「二十七の青春のあらゆる情熱が漂白されて」
「二百円に首をしめられ」
「その女との生活が二百円に限定され」
「味噌だの米だのみんな二百円の咒文(じゅもん)を負い」
「女が咒文(じゅもん)に憑かれた鬼と化して」
「女がまるで手先のように咒文に憑かれた鬼と化して」
「女がまるで手先のように咒文(じゅもん)に憑かれた鬼と化して」
「胸の灯も芸術も希望の光もみんな消えて」
「胸の灯も芸術も希望の光もみんな消えて」
「生活自体が道ばたの馬糞のように踏みしだかれて」
「生活自体がグチャグチャに踏みしだかれて」
「生活自体が乾きあがって」
「生活自体が風に吹かれて飛びちり」
「生活自体が風に吹かれて飛びちり」
「生命の不安と遊ぶ」
「まるで最も薄い一枚のガラスのように喜怒哀楽の微風にすら反響し」
「喜怒哀楽の微風にすら反響し」
「放心と怯えの皺の間へ人の意志を受け入れ」
「二百円の悪霊すらもこの魂には宿ることができない」
「この女はまるで俺の人形のようではないか」
「家鴨(あひる)のような声をだして喚いている」
「寒気が彼の全身を石のようにかたまらせていた」
「一つの家に女の肉体がふえた」
「精神に新たな芽生えの唯一本の穂先すら見出すことができない」
「記憶の最もどん底の下積の底」
「白痴の顔がころがっているだけだった」
「白痴の顔がころがっている」
「彼には忘れ得ぬ二つの白痴の顔があった」
「はからざる随所に二つの顔をふと思いだし」
「彼の一切の思念が凍り」
「一瞬の逆上が絶望的に凍りついている」
「ただひときれの考えすらもない」
「虫のごとき倦まざる反応の蠢動(しゅんどう)を起す肉体」
「焼夷弾と爆弾では凄みにおいて青大将と蝮(まむし)ぐらいの相違があり」
「爆弾はザアという雨降りの音のようなただ一本の棒をひき」
「爆弾という奴は雨降りの音のようなただ一本の棒をひき」
「爆発の足が近づく時の絶望的な恐怖」
「よそ見をしている怪物に大きな斧で殴りつけられるようなものだ」
「ザアと雨降りの棒一本の落下音がのびてくる」
「ザアと雨降りの棒一本の落下音がのびてくる」
「ザアと雨降りの棒一本の落下音がのびてくる」
「全くこいつは言葉も呼吸も思念もとまる」
「絶望が発狂寸前の冷たさで生きて光っている」
「絶望が発狂寸前の冷たさで生きて光っている」
「絶望が発狂寸前の冷たさで生きて光っている」
「死の窓へひらかれた恐怖と苦悶」
「死の窓へひらかれた恐怖と苦悶」
「女の顔と全身にただ死の窓へひらかれた恐怖と苦悶が凝りついていた」
「苦悶は動き」
「苦悶はもがき」
「苦悶が一滴の涙を落している」
「もし犬の眼が涙を流すなら犬が笑うと同様に醜怪きわまる」
「彼等の心臓は波のような動悸をうち」
「言葉は失われ異様な目を大きく見開いているだけだ」
「全身に生きているのは目だけである」
「不安や恐怖の劇的な表情を刻んでいる」
「子供が大人よりも埋智的にすら見える」
「白痴の苦悶は、子供達の大きな目とは似ても似つかぬものであった」
「人間のものではなく虫のものですらもなく醜悪な一つの動きがあるのみ」
「やや似たものがあるとすれば芋虫が五尺の長さにふくれあがってもがいている動きぐらいのものだろう」
「人間が焼鳥と同じようにあっちこっちに死んでいる」
「まったく焼鳥と同じことだ」
「犬と並んで同じように焼かれている死体は全く犬死で」
「人間が犬のごとくに死んでいるのではなく」
「ちょうど一皿の焼鳥のように盛られ並べられている」
「戦争がたぶん女を殺すだろう」
「ラジオはがんがんがなりたてており、編隊の先頭は伊豆南端を通過した」
「家鴨(あひる)によく似た屋根裏の娘がうろうろしていた」
「ガラガラとガードの上を貨物列車が駆け去る時のような焼夷弾の落下音」
「岩を洗う怒濤の無限の音のような音が無限に連続している」
「高射砲の無数の破片の落下の音のような音が無限に連続している」
「府道を流れている避難民達」
「静寂の厚みがとっぷり四周をつつんでいる」
「孤独の厚みがとっぷり四周をつつんでいる」
「音響が頭上めがけて落ちてきた」
「人間と荷物の悲鳴の重りあった流れにすぎず」
「人間を抱きしめており」
「その抱きしめている人間に、無限の誇りをもつ」
「国道が丘を切りひらいて通っている」
「群集は国道を流れていた」
「声は一様につぶれ人間の声のようではなかった」
「鼾(いびき)は豚の鳴声に似ていた」
「まったくこの女自体が豚そのものだ」
「肉体の行為に耽りながら」
「戦争の破壊の巨大な愛情がすべてを裁いてくれる」
「俺と俺の隣に並んだ豚の背中」
「ギリシャにもローマにも近代にも似ていない、ただ人間に似ている」
「彼は昔、心中したことがあった」
「高い恋愛はもっと精神的なものだ」
「女中共は半可通の粋好みだから悪評は極上品で」
「土の中からぬきたてのゴボウみたいだ」
「頭をペコリとも下げないから土だらけのゴボウのようだ」
「富子の母の旦那からお金を貰わせて」
「八月十五日正午ラジオの放送が君が代で終る」
「進駐軍の味覚を相手に料理の腕をふるって」
「あちら名の気のきいた店名」
「気のきいた店名なぞ三ツ四ツあれこれ胸にたくわえて」
「気のきいた店名なぞ胸にたくわえていたのを投げだして」
「麻雀とか碁などで昼を送り、夜は虎になって戻ってくる」
「本当にそうだって、本当にそうでは困る」
「冷めたい宝石のような美しさがたたえられている」
「悲しくなるような美しさで」
「なぜ客が減ったか法外な値段の秘密、みんなかぎだした」
「宿六の守銭奴が乗りうつり」
「金銭の悪鬼と化し」
「金のためには喉から手を出しかねない」
「この飲んだくれとカケオチしようか」
「この放浪者よりは自信がある」
「一思いに、という気持ちがメラメラ燃え立って」
「惚れたハレたなんて、そりゃ序曲というもんで」
「第二楽章から先はもう恋愛は絶対に存在せんです」
「恋愛なんてどうせ序曲だけでしょうけどね」
「胸元へ短刀を突きつけられたような緊張が好き」
「何度とりかえても亭主は亭主にすぎない」
「女のことは金談にからまる景品にすぎない」
「あなたの専売特許みてえなもんじゃないか」
「大学者でも子供みたいに駄々をこねるんだな」
「精神も物質です」
「私はでて行きます、という物質」
「石炭みたいに胸の中の外のどんな物質と一緒に雑居しているか」
「胸の中の地層で外のどんな物質と一緒に雑居しているか」
「胸の中のどういう地層で外のどんな物質と一緒に雑居しているか」
「心理をほじくれば矛盾不可決、迷路にきまってるよ」
「心理から行動へつながる道はその迷路から出てきやしない」
「あなたも今日は子供みたいだなア」
「一つの気分に親しんでいる」
「精神的にも一介の放浪者にすぎんです」
「資本を飲むから大闇ができず」
「金々々と云って多忙に働きかつ飲みかつ口説いている」
「最上先生の思想が地平すれすれに這い廻るにしても」
「東奔西走、極めて多忙にとび廻り飲み廻り口説き廻っている」
「蛇とイナゴの方からウナギやエビへ応用をきかせるわけにはいかねえだろう」
「蛇とイナゴの方からウナギやエビへ応用をきかせるわけにはいかねえだろう」
「女房が蛆(うじ)のごとくに卑しく見える」
「この店を飲みほすと思うと」
「浮気は宗教であるという思想についてですな」
「すなわち浮気は宗教であるですよ」
「男ならば女を救う、女ならば男を救う、これすなわち菩薩です」
「熱海市会は百万円のタメ息をもらす」
「島民はもっぱら化け物のような芋を食い」
「自殺者のメッカ」
「アベックは今も同じところにうごめいている」
「私は連夜徹夜しているから番犬のようなものだ」
「どこかバルザックの武者ぶりに似ている」
「悠々風のごとくに去来していた」
「人生は水のごとくに無色透明なものがあるだけで」
「人間は本来善悪の混血児であり」
「悪に対するブレーキ」
「人種が違うのである」
「完全に生活圏を出外れて一種の痴呆状態であり」
「驚ろいた事も驚ろいたし、極りが悪るい事も悪るいし」
「牡蠣先生は掛念の体に見える」
「謀叛の連判状へでも名を書き入れますと云う顔付をする」
「トチメンボーを振り廻している」
「主人は書斎の中で神聖な詩人になりすましている」
「禅坊主が大燈国師の遺誡を読むような声を出して」
「トチメンボーの亡魂を退治(たいじ)られたところで」
「行徳の俎を無理にねじ伏せる」
「行徳の俎を遠く後に見捨てた気で」
「暮、戦死、老衰、無常迅速などと云う奴が頭の中をぐるぐる馳け廻る」
「水の面(おもて)をすかして見ました」
「憐れな声が糸のように浮いて来る」
「気の狭い女の事だから何をするかも知れない」
「石鹸で磨き上げた皮膚がぴかついて」
「有形無形の両方面から輝やいて見える」
「胃の中からげーと云う者が吶喊して出てくる」
「ゲーが執念深く妨害をする」
「彼等は糸瓜(へちま)のごとく風に吹かれて」
「勝とう勝とうの心は談笑中にもほのめいて」
「木彫の猫のように眼も動かさない」
「輪郭の柔らかな瓜実顔」
「真白な頬の底に温かい血の色が差して」
「その真黒な眸(ひとみ)の奥に自分の姿が浮かんでいる」
「静かな水が動いて写る影を乱したように流れ出した」
「赤いまんまでのっと落ちて行った」
「唐紅の天道がのそりと上って来た」
「襖の画は蕪村の筆である」
「冷たい刃が一度に暗い部屋で光った」
「手拭に遠慮をするように、廻った」
「その頃でも恋はあった」
「鼻から火の柱のような息を二本出して」
「髪は吹流しのように闇の中に尾を曳いた」
「波の底から焼火箸(やけひばし)のような太陽が出る」
「太陽がまた波の底に沈んで行く」
「蒼い波が蘇枋の色に湧き返る」
「乗合はたくさんいた」
「いくら足を縮めても近づいて来る」
「黒雲に足が生えて青草を踏み分けるような勢い」
「手が蒟蒻のように弱って」
「わが心の水のように流れ去る」
「苦い顔をしたのは池辺三山君であった」
「専門家の眼に整って映るとは無論思わない」
「ふと十七字を並べて見たり」
「起承転結の四句ぐらい組み合せないとも限らない」
「歓楽を嫉(ねた)む実生活の鬼の影が風流に纏(まつわ)る」
「長閑(のど)かな春がその間から湧(わ)いて出る」
「句と詩は天来(てんらい)の彩紋(さいもん)である」
「その興を捉えて横に咬み竪に砕いて」
「読者の胸に伝われば満足なのである」
「風流を盛るべき器(うつわ)が無作法(ぶさほう)な十七字」
「風流を盛るべき器(うつわ)が無作法(ぶさほう)な十七字」
「風流を盛るべき器(うつわ)が佶屈(きっくつ)な漢字」
「一粒の飯さえ容赦無く逆さまに流れ出た」
「この時の余はほとんど人間らしい複雑な命を有して生きてはいなかった」
「意識の内容はただ一色の悶に塗抹されて」
「意識の内容は臍上方(さいじょうほう)三寸(さんずん)の辺(あたり)を行きつ戻りつする」
「胃の腑が不規則な大波を描くような異(い)な心持」
「日がまだ山の下に隠れない午過」
「吐血はこの吉報を逆襲すべく突如として起った」
「生から死に行く径路を最も自然に感じ得るだろう」
「余の血の中には先祖の迷信が今でも多量に流れている」
「文明の肉が社会の鋭どき鞭の下に萎縮する」
「文明の肉が社会の鋭どき鞭(むち)の下に萎縮する」
「虎烈剌を畏れて虎烈剌に罹らぬ人のごとく、神に祈って神に棄てられた子のごとく」
「風船の皮がたちまちしゅっという音と共に収縮したと一般の吐血」
「その腹は、恐るべき波を上下に描かなければやまない」
「この相撲に等しいほどの緊張に甘んじて」
「自然は公平で冷酷な敵である」
「社会は不正で人情のある敵である」
「血を吐いた余は土俵の上に仆れた(たおれた)相撲と同じ」
「世界に暖かな風が吹いた」
「弱い光りは八畳の室を射た」
「そうしてその雛は必要のあるたびに無言のまま必ず動いた」
「白い着物はすぐ顔の傍へ来た」
「腕は針の痕で埋まっていた」
「死んだ時はいずれも苦しみ抜いた病の影を肉の上に刻んでいた」
「余のそれらにはいつの間にか銀の筋が疎らに交っていた」
「白髪に強いられて老の敷居を跨いでしまおうか」
「白髪を隠して、なお若い街巷(ちまた)に徘徊(はいかい)しようか」
「憂鬱な微笑を浮かべ、静かにこの話を繰り返すであろう」
「意地の悪い霧はいつかほのぼのと晴れかかりました」
「ただ目の前に稲妻に似たものを感じた」
「蛙の跳ねるように飛びかかる」
「河童はカンガルウのように腹に袋を持っています」
「父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ」
「腹は水素瓦斯(ガス)を抜いた風船のように縮んでしまいました」
「ちょうど時計のゼンマイに似た螺旋文字」
「ちょうど蚊のようにやせた体」
「ことに家族制度というものは莫迦げている以上にも莫迦げている」
「これは河童の使う言葉では『然り』という意味を現わす」
「直訳すれば超河童です」
「あすこにある玉子焼きは恋愛などよりも衛生的だからね」
「気違いのように雄の河童を追いかけている雌の河童」
「さんざん逃げまわったあげく二三か月は床についてしまう」
「失望というか、後悔というか、とにかく気の毒な顔」
「前後に比類のない天才」
「神鳴りのように響き渡ったのは『演奏禁止』という声です」
「quack(これはただ間投詞です)」
「茘枝(れいし)に似た細君」
「胡瓜に似た子ども」
「安楽椅子にすわっているところはほとんど幸福そのものです」
「瀑(たき)のように流れ落ちるいろいろの本」
「一度も罷業という字に出会いません」
「ゲエルは手近いテエブルの上にあったサンドウィッチの皿を勧めながら」
「夜目にも白じらと流れる嘔吐を」
「得意そうに顔中に微笑をみなぎらせた」
「純金の匙をおもちゃにしています」
「言わばロックを支配している星を」
「古い薪に新しい炎を加えるだけであろう」
「ピストルの音が一発空気をはね返すように響き渡りました」
「怒鳴りつけるようにマッグに話しかけました」
「高い塔や円屋根をながめた時、天に向かって伸びた無数の触手のように見えた」
「建築よりもむしろ途方もない怪物に近い稀代の大寺院を見上げて」
「せっかくの長老の言葉も古い比喩のように聞こえた」
「調和は妙に野蛮な美を具えていました」
「聖徒の数へはいることもできなかったかもしれません」
「逃げ出さないばかりに長老夫婦をあとに残し」
「幸福が漂っているように見えるのです」
「僕は飛行機を見た子どものように飛び上がって喜びました」
「本といふよりも寧ろ世紀末それ自身だつた」
「薄暗がりと戦ひながら」
「本はおのづからもの憂い影の中に沈みはじめた」
「本は影の中に沈みはじめた」
「それは丁度卵の白味をちよつと滴らしたのに近いものだつた」
「彼は医者の目を避ける為に硝子窓の外を眺めてゐた」
「桜は彼の目には一列の襤褸(ぼろ)のように憂鬱だつた」
「耳を切つた和蘭人が一人鋭い目を注いでゐた」
「人生を見渡しても何も特に欲しいものはなかつた」
「腐敗した杏の匂に近い死体の臭気は不快だつた」
「彼の答は心の中にあつただけだつた」
「鉄道工夫が鶴嘴(つるはし)を上下させながら」
「雨上りの風は彼の感情を吹きちぎつた」
「彼は歓びに近い苦しみを感じてゐた」
「彼は薔薇の葉の匂のする懐疑主義を枕にしながら」
「人生は二十九歳の彼にはもう少しも明るくはなかつた」
「見すぼらしい町々の上へ反語や微笑を落しながら」
「かう云ふ人工の翼を太陽の光りに焼かれた為にとうとう海へ落ちて死んだ昔の希臘人も忘れたやうに」
「盛り土の上には神経のように細ぼそと根を露はしてゐた」
「唐黍は傷き易い彼の自画像にも違ひなかつた」
「彼女の顔は月の光の中にいるようだった」
「それはどこか熟し切った杏の匂に近いものだった」
「殊に彼を動かしたのは十二三歳の子供の死骸だった」
「それは彼自身には手足を縛られるのも同じことだった」
「同時にまた彼の七八年前には色彩を知らなかったのを発見した」
「彼と才力の上にも格闘出来る女に遭遇した」
「彼はこう天使と問答した」
「それは歓びだったが、同時にまた苦しみだった」
「通り越しさえすれば死にはいってしまうのに違いなかった」
「あらゆる善悪の彼岸に悠々と立っている」
「ルツソオの懺悔(ざんげ)録さえ英雄的な嘘に充ち満ちていた」
「丁度昔スウイフトの見た木末から枯れて来る立ち木のように」
「言わば刃のこぼれてしまった細い剣を杖にしながら」
「総身(そうみ)に冷水を浴びせられたように、ぞっとしました」
「それではもう警察へお願いするより手がねえぜ」
「夫は大きい鴉(からす)のように袖をひるがえして」
「四十の女のひとも言いました」
「人並に浮き沈みの苦労をして」
「せいぜい一円か二円の客を相手の心細い飲食店を開業いたしまして」
「酒さかなが少しずつ流れて来るような道」
「この商売一つにかじりついて」
「人間の一生は地獄でございまして」
「その頃は私どもの店も閉店開業というやつで」
「奥の六畳間でこっそり酔っぱらう」
「魔物はあんなひっそりしたういういしいみたいな姿をしているものなのでしょうか」
「どこかよそで、かなりやって来た」
「秋ちゃんに言わせるとまるで神様みたいな人で」
「追われて来た人のように意外の時刻にひょいとあらわれ」
「大谷さんが戦闘帽などかぶって舞い込んで来て」
「風のように立ち去ったりなんかして」
「あの魔物の先生があらわれまして」
「こんな化け物みたいな人間を引受けなければならなくなった」
「売り上げの金はすぐ右から左へ仕入れに注ぎ込んで」
「売り上げの金はすぐ右から左へ仕入れに注ぎ込んで」
「大谷さんの落ちつく先を見とどけて」
「いつまでも、いつまで経っても」
「見つめているうちにとてもつらい涙がわいて出て」
「何かこれから工事でもはじめられる土地みたいに寒々した感じ」
「いわばおそろしい魔の淵にするすると吸い寄せられるように」
「舞っているように身軽く立ち働き」
「客から客へ滑り歩いてお酌して廻って」
「からだがアイスクリームのように溶けて流れてしまえばいい」
「ルパンのように顔の上半分を覆いかくしている」
「夫は仮面の底から私を見て」
「よくその方角にお気が附きましたね」
「胸の中の重苦しい思いがきれいに拭い去られた」
「ちょうど吐くいきと引くいきみたいなものなんです」
「トランプの遊びのようにマイナスを全部あつめるとプラスに変るという事はこの世の道徳には起り得ない」
「お店のお客にけがされました」
「大谷さんみたいな人となら添ってみたい」
「その男の手にいれられました」
「谷川が岩を噛みつつ流れ出ていた」
「羊歯(しだ)類は滝のとどろきにしじゅうぶるぶるとそよいでいる」
「崖から剥ぎ取られたようにすっと落ちた」
「上半身が水面から躍りあがった」
「年中そこへ寝起している」
「滝は水でない、雲なのだ」
「秋風がいたくスワの赤い頬を吹きさらしている」
「枯葉が折々みぞれのように二人のからだへ降りかかった」
「父親は酒くさいいきをしてかえった」
「ついであのくさい呼吸を聞いた」
「吹雪!それがどっと顔をぶった」
「狂い唸る冬木立」
「鮒はくるくると木の葉のように吸いこまれた」
「満月が太郎のすぐ額のうえに浮んでいた」
「湯流山は氷のかけらが溶けかけているような形で」
「惣助は盥(たらい)のまわりをはげしくうろついて歩き」
「膝頭を打とうとしたが臍のあたりを打って」
「林檎の果実が手毬くらいに大きく成った」
「林檎の果実が珊瑚くらいに赤く成った」
「林檎の果実が桐の実みたいに鈴成りに成った」
「果実の肉が歯をあてたとたん割れ冷い水がほとばしり出て鼻から頬までびしょ濡れにしてしまうほどであった」
「千羽の鶴は元旦の青空の中をゆったりと泳ぎまわり」
「梛木川がひとつき続いた雨のために怒りだした」
「水源の濁り水は六本の支流を合せてたちまち太り」
「水源の濁り水は身を躍らせて」
「水源の濁り水は山を韋駄天ばしりに駈け下り」
「水源の濁り水は家々の土台石を舐め」
「満月の輪廓は少しにじんでいた」
「価のないものこそ貴いのだ」
「次郎兵衛が馬のように暴れまわってくれたなら」
「水気をふくんだ重たい風が地を這いまわる」
「水気をふくんだ重たい風が地を這いまわる」
「大粒の水滴が天からぽたぽたこぼれ落ち」
「眼はだんだんと死魚の眼のように冷くかすみ」
「腕をピストンのようにまっすぐに突きだして殴った」
「腕が螺旋のようにきりきり食いいる」
「枯木の三角の印は椀くらいの深さに丸くくぼんだ」
「廻りめぐっている水車の十六枚の板の舌」
「丈六もまた酒によく似て」
「数千の火の玉小僧が列をなして畳屋の屋根のうえで舞い狂い」
「火の粉が松の花粉のように噴出して」
「黒煙が海坊主のようにのっそりあらわれ」
「次郎兵衛のその有様は神様のように恐ろしかった」
「嘘の花はこの黄村の吝嗇から芽生えた」
「嘘の花はこの黄村の吝嗇から芽生えた」
「苦痛に堪えかねたような大げさな唸り声」
「甘ったれた精神」
「狆の白い小さいからだがくるくると独楽のように廻って」
「ピストルを自分の耳にぶっ放したい発作とよく似た発作」
「末っ子は家鴨のように三度ゆるく空気を掻くようにうごかして」
「細長い両脚で空気を掻くようにうごかして」
「泳ぎの姿を気にしすぎて子供を捜しあるくのがおろそかになり」
「嘘の花をひらかせた」
「いよいよ嘘のかたまりになった」
「花弁は朝顔に似て小さく」
「花弁は豌豆(えんどう)に似て大きく」
「花弁は赤きに似て白く」
「あたりをはばかるような低い声」
「すべて真実の黄金に化していた」
「嘘の最後っ屁の我慢できぬ悪臭をかいだ」
「嘘の最後っ屁の我慢できぬ悪臭をかいだような気がした」
「野蛮なリズムのように感ぜられる太鼓の音」
「嘘は犯罪から発散する音無しの屁だ」
「現実を少しでも涼しくしようとして」
「嘘は酒とおなじようにだんだんと適量がふえて来る」
「次第次第に濃い嘘を吐いていって、切磋琢磨され、ようやく真実の光を放つ」
「真実の光」
「次第次第に濃い嘘を吐いていって、切磋琢磨され、ようやく真実の光を放つ」
「次第次第に濃い嘘を吐いていってようやく真実の光を放つ」
「皮膚にべっとりくっついて」
「これは滑稽の頂点である」
「嘘のない生活という言葉からしてすでに嘘であった」
「三郎は風のように生きる」
「これこそ嘘の地獄の奥山だ」
「嘘の上塗りをして行く」
「三人のこらえにこらえた酔いが一時に爆発した」
「有頂天こそ嘘の結晶だ」
「嘘の火焔」
「金銭も木葉(このは)のごとく軽い」
「自分の不活溌のどこかにそんな匂いを嗅いだ」
「動き出すことの禁ぜられた沼のように淀んだところ」
「動き出すことの禁ぜられた沼のように淀んだところ」
「沼の底から湧いて来る沼気(メタン)のようなやつがいる。いやな妄想がそれだ。」
「沼の底から湧いて来る沼気(メタン)のようなやつ」
「妄想が不意に頭を擡(もた)げる」
「草の葉のように揺れているもの」
「秋風に吹かれてさわさわ揺れている草自身の感覚というようなものを感じる」
「冷い白い肌に電燈の像を宿している可愛い水差し」
「自分の顔がまるで知らない人の顔のように見えて」
「醜悪な伎楽の腫れ面という面そっくりに見えて来たりする」
「鏡の中の顔が消えてあぶり出しのようにまた現われたりする」
「鏡のなかの伎楽の面を恐れながら」
「変に不思議なところへ運ばれて来たような気持ち」
「淀んだ気持と悪く絡まった」
「淀んだ気持と悪く絡まった」
「お化けのような顔になっているのじゃないかな」
「濡れたタオルを繰り返した」
「自分の口は喋っているのだった」
「はじめは振っているがしまいには器に振られているような」
「お前たちは並んでアラビア兵のようだ」
「バグダッドの祭のようだ」
「宙を踏んでいるように頼りない気持であった」
「自分が歩いてゆく」
「こちらの自分はその自分を眺めている」
「地面はなにか玻璃を張ったような透明で」
「湯気が屏風のように立騰っている」
「富士も丹沢山も一様の影絵を茜の空に写す」
「摺鉢を伏せたような形」
「頭を出している赤い屋根」
「眼に立ってもくもくして来た緑の群落のパノラマに向き合っていた」
「どこか他国を歩いている感じだ」
「その日の獲物だった近道を通うようになった」
「自分は高みの舞台で一人滑稽な芸当を一生懸命やっているように見える」
「鋲の打ってない靴の底はずるずる赤土の上を滑りはじめた」
「石垣の鼻のザラザラした肌で靴は自然に止った」
「飛び下りる心構えをしていた脛(すね)はその緊張を弛めた」
「大きな邸(やしき)の屋根が並んでいた」
「なるほどこんなにして滑って来るのだと思った」
「泳ぎ出して行くような気持」
「その窮屈がオークワードになります」
「車の響きが音楽に聴こえる」
「車の響きが彼等の凱歌のように聞える」
「——と云えば話になってしまいますが」
「あの海に実感を持たねばならぬ」
「その音が例の音楽をやるのです」
「機を織るような一定のリズムを聴きはじめた」
「衣ずれのような可愛いリズムに聴き入りました」
「小人国の汽車のような可愛いリズムに聴き入りました」
「心から遠退いていた故郷と膝をつきあわせた」
「それを『声がわり』だと云って笑ったりしました」
「『チョッ。ぼろ船の底』」
「樫の木の花が重い匂いをみなぎらせていました」
「飾燈(かざりとう)のような美しい花が咲いていました」
「私の美に対する情熱が娘に対する情熱と胎を共にした双生児だった」
「私の思い出を曇らせる雲翳(うんえい)だった」
「あたかも幸福そのものが運ばれて其処にあるのだと思わせる」
「老人の何も知らない手」
「その子の首を俯向かせてしまいました」
「Hysterica Passio ——そう云って私はとうとう笑い出しました」
「ごんごん胡麻は老婆の蓬髪のようになってしまった」
「欅(けやき)が風にかさかさ身を震わす」
「屏風のように立ち並んだ樫の木」
「金魚の仔でもつまむようにしてそれを土管の口へ持って行くのである」
「一塊の彩りは、凝視めずにはいられなかった」
「一塊の彩りは、凝視めずにはいられなかった」
「住むべきところをなくした魂」
「魂は外界へ逃れようと焦慮(あせ)っていた」
「盲人のようにそとの風景を凝視(みつ)める」
「聾者のような耳を澄ます」
「墨汁のような悔恨やいらだたしさが拡がってゆく」
「悔恨やいらだたしさが拡がってゆく」
「悲しげに、遠い地平へ落ちてゆく入日を眺めているかのように見えた」
「埃及(エジプト)のピラミッドのような巨大な悲しみを浮かべている」
「どんな小さな石粒も巨大な悲しみを浮かべている」
「蒼桐の幽霊のような影が写っていた」
「もやしのように蒼白い堯(たかし)の触手」
「もやしのように蒼白い堯(たかし)の触手」
「そこに滲み込んだ不思議な影の痕を撫でる」
「木造家屋に滲み込んだ影の痕を撫でる」
「触手は不思議な影の痕を撫でる」
「樫の並樹は鋼鉄のような弾性で撓(し)ない踊りながら」
「樫の並樹は撓(し)ない踊りながら」
「枯葉が骸骨の踊りを鳴らした」
「枯葉が骸骨の踊りを鳴らした」
「意志を喪(うしな)った風景のなかを死んでいった」
「たくさんの虫が悲しんだり泣いたりしていた」
「一匹の死にかけている虫」
「現前する意志を喪(うしな)った風景が浮かびあがる」
「圧しつけるような暗い建築の陰影」
「疎な街燈の透視図」
「時どき過ぎる水族館のような電車」
「それは空気のなかでのように見えた」
「思索や行為は佯(いつわ)りの響をたてはじめ」
「彼の思索や行為は凝固した」
「近代科学の使徒が堯にそれを告げた」
「日光が葉をこぼれている」
「笹鳴きは口の音に迷わされてはいるが」
「鶯がなにか堅いチョッキでも着たような恰好をしている」
「いつになく早起きをした午前にうっとりとした」
「日光に撒かれた虻(あぶ)の光点が忙しく行き交うていた」
「虻(あぶ)が茫漠とした堯の過去へ飛び去った」
「堯(たかし)の虻(あぶ)は見つけた」
「エーテルのように風景に広がっている虚無」
「幽霊があの窓をあけて首を差し伸べそうな」
「その幽霊があの窓をあけて首を差し伸べそうな」
「鉛筆で光らせたように凍てはじめた」
「陶器のように白い皮膚」
「漣漪(さざなみ)のように起こっては消える微笑を眺めながら」
「灰を落としたストーヴのように顔には一時鮮かな血がのぼった」
「ものを言うたび口から蛙が跳び出すグリムお伽噺の娘のように」
「貧しい下駄が出て来てそれをすりつぶした」
「笑顔が湧き立っているレストラン」
「物憂い冬の蠅が幾匹も舞っていた」
「病院の廊下のように長く続いた夜だった」
「生活は死のような空気のなかで停止していた」
「思想は書棚を埋める壁土にしか過ぎなかった」
「屋根瓦には月光のような霜が置いている」
「冬の日が窓のそとのまのあたりを幻燈のように写し出している」
「白い冬の面紗(ヴェイル)を破って」
「その日赤いものを吐いた」
「匕首(あいくち)のような悲しみが彼に触れた」
「悲しみが彼に触れた」
「水準器になってしまったのを感じた」
「浮雲が次から次へ美しく燃えていった」
「燃えた雲はまたつぎつぎに死灰になりはじめた」
「燃えた雲はまたつぎつぎに死灰になりはじめた」
「とうもろこしの影法師を二千六百寸も遠くへ投げ出す」
「お日さまの光がとうもろこしの影法師を投げ出す」
「お日さまの光が木や草の緑を飴色にうきうきさせる」
「コップで一万べんはかっても」
「あまがえるはすきとおる位青くなって」
「よくもひとをなぐったな」
「とのさまがえるは三十がえる力ある」
「十一疋のあまがえるをもじゃもじゃ堅(かた)めて」
「あまがえるはすきとおる位青くなって、平伏いたしました」
「あまがえるなんというものは人のいいのいいものですから」
「桃の木の影法師を三千寸も遠くまで投げ出し」
「お日さまの光は影法師を遠くまで投げ出し」
「空はまっ青にひかりました」
「みんな泣き顔になってうろうろうろうろやりました」
「飴色の夕日にまっ青にすきとおって泣いている」
「けむりのようなかびの木」
「花のたねは雨のようにこぼれていました」
「あまがえるはすきとおってまっ青になって」
「ずうっと遠くの天の隅のあたりで、三角になってくるりくるりとうごいているように見えた」
「汗がからだ中チクチクチクチク出て」
「からだはまるでへたへた風のようになり」
「世界はほとんどまっくらに見えました」
「その影法師は地面に美しく落ちていました」
「とのさまがえるはチクチク汗を流して」
「あたりがみんなくらくらして、茶色に見えてしまった」
「畑の中や花壇のかげでさらさらさらさら云う声を聞きませんか」
「星座の図の白くけぶった銀河帯のようなところ」
「どぎまぎしてまっ赤になってしまい」
「まっ赤になってうなずきました」
「真っ黒な頁いっぱいに白い点々のある」
「白い点々のある美しい写真」
「太陽や地球もそのなかに浮(うか)んでいるのです」
「水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見え」
「ジョバンニはどしどし学校の門を出て来ました」
「虫めがねくん、お早う」
「ジョバンニは活字をだんだんひろいました」
「しっぽがまるで箒のようだ」
「口笛を吹いているようなさびしい口付き」
「ばけもののように長くぼんやり後ろへ引いていたかげぼうし」
「足をあげたり手を振ったり、ジョバンニの横の方へまわって来る」
「ぼくは立派な機関車だ」
「こんどはぼくの影法師はコムパスだ」
「之を聞くと顔色を変えた」
「南子と醜関係があった」
「牝豚牡豚とは南子と宋朝とを指している」
「事を謀った」
「夫人は狂気のように繰り返すばかりである」
「淫婦刺殺という義挙」
「臆病な莫迦者の裏切」
「故国に片足突っ込んだ儘(まま)」
「ひねくれた中年の苦労人に成上っていた」
「彼は棄鉢(すてばち)な情熱の吐け口を闘鶏戯に見出していた」
「空費された己の過去に対する補償であった」
「空費された己の過去に対する補償であった」
「過去への復讐であった」
「不遇時代に惨めに屈していた自尊心」
「自尊心は今や傲然と膨れ返らねばならぬ」
「あの姦婦を捕えて」
「都下の美女を漁っては後宮に納れた」
「色を作した太子疾が父の居間へ闖入する」
「色蒼ざめて戦くばかり」
「顔色がさっと紙のように白くなる」
「良夫の頸はがっくり前に落ち、鮮血がさっと迸る」
「真蒼な顔をした儘、黙って息子のすることを見ていた」
「狂人の如く地団駄を踏んで喚いている彼の男の声」
「不快さを追払おうと」
「前途の暗いものであることだけは確か」
「暗い予言の実現する前に」
「羽毛は金の如く」
「距(けづめ)は鉄のごとく」
「空がぼうっと仄黄色く野の黒さから離れて浮上った」
「思わず鶏の死骸を取り落し、殆ど倒れようとした」
「一夜を共に過して」
「真黒な天が盤石の重さで押しつけている」
「獣のように突き出た口をしている」
「前に連れてこさせると、叔孫はアッと声に出した」
「笑うとひどく滑稽な愛嬌に富んだものに見える」
「病人が顔色を変える」
「病人が顔色を変える」
「勝手な真似を始めたのだなと歯咬みをしながら」
「輝きの無い、いやに白っぽい光である」
「胸の真上に蔽(おお)いかぶさって来る真黒な重み」
「豎牛の顔が、真黒な原始の混沌に根を生やした一個の物のように思われる」
「世界のきびしい悪意といったようなもの」
「不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた」
「不吉な塊が私の心を圧えつけていた」
「酒を毎日飲んでいると宿酔(ふつかよい)に相当した時期がやって来る」
「背を焼くような借金などがいけないのではない」
「いけないのはその不吉な塊だ」
「私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく」
「想像の絵具を塗りつけてゆく」
「詩美と言ったような味覚が漂って来る」
「無気力な私の触角にむしろ媚びて来るもの」
「私の触角に媚びて来る」
「書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように見える」
「音楽の快速調の流れがあんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったというふうに果物は並んでいる」
「見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面——的なもの」
「青物も積まれている」
「飾窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている」
「廂(ひさし)が眼深に冠った帽子の廂のように」
「『おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ』と思わせる」
「電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛」
「店頭に点けられた幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛」
「電燈が細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んでくる」
「眼の中へ刺し込んでくる」
「レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色」
「私の心を圧えつけていた不吉な塊」
「私の心を圧えつけていた不吉な塊」
「不吉な塊が弛んで来た」
「私は街の上で非常に幸福であった」
「執拗(しつこ)かった憂鬱が紛らされる」
「身内に浸み透ってゆくようなその冷たさ」
「その果実を鼻に持っていっては嗅いでみた」
「漢文で習った『売柑者之言』の中に書いてあった『鼻を撲つ』という言葉」
「私は往来を軽やかな昂奮に弾んで」
「私は往来を軽やかな昂奮に弾んで」
「色の反映を量ったり」
「私の心を充たしていた幸福な感情」
「幸福な感情は逃げていった」
「香水の壜にも煙管にも私の心はのしかかってはゆかなかった」
「憂鬱が立て罩(こ)めて来る」
「本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて」
「奇怪な幻想的な城が赤くなったり青くなったりした」
「軽く跳りあがる心を制しながら」
「城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた」
「その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって」
「檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調を吸収して」
「ひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収して」
「檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調を吸収してしまって」
「くすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた」
「黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た」
「丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったら」
「教室へ出るような親しさを感じた」
「人びとの肩の間を屋外に出た」
「心が鋭い嫌悪にかわるのを、私は見た」
「私の心が嫌悪にかわるのを見た」
「人びとが席に帰って、元のところへもとの頭が並んでしまう」
「私の頭はなにか凍ったようで」
「十本の指が泡を噛んで進んでゆく波頭のように鍵盤に挑みかかっていた」
「十本の指が戯れ合っている家畜のように鍵盤に挑みかかっていた」
「演奏者の白い十本の指が鍵盤に挑みかかっていた」
「私の耳は不意に音楽を離れて」
「私の耳は会場の空気に触れたりした」
「ちょうどそれに似た孤独感が遂に突然の烈しさで私を捕えた」
「孤独感が私を捕えた」
「ふとその完全な窒息に眼覚めたとき」
「なんという不思議だろうこの石化は?」
「あたかも夢のように思い浮かべた」
「私にはそれが不思議な不思議なことに思えた」
「言いようもないはかなさが私の胸に沁みて来た」
「木枯のような音が一しきり過ぎていった」
「何を意味していたのか夢のようだった」
「会の終わりを病気のような寂寥感で出口の方へ動いて行った」
「背広服の肩が私の前へ立った」
「服地の匂いが私の寂寥を打った」
「たちまち萎縮してあえなくその場に仆れてしまった」
「猫の耳は竹の子の皮のように表には絨毛が生えていて」
「『切符切り』でパチンとやるというような児戯に類した空想」
「外観上の年齢を遙かにながく生き延びる」
「児戯に類した空想もながく生き延びる」
「厚紙でサンドウィッチのように挟んだうえから」
「その下らない奴は悲鳴をあげた」
「私の古い空想はその場で壊れてしまった」
「なんだか木管楽器のような気がする」
「——できない。——異(ちが)う。——なんにもない。」
「空想を失ってしまった詩人」
「早発性痴呆に陥った天才にも似ている」
「鉤(かぎ)のように曲った鋭い爪」
「匕首(あいくち)のように鋭い爪」
「閃光のように了解した」
「前足の横側には毛脚の短い絨氈(じゅうたん)のような毛が密生していて」
「桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ」
「よく廻った独楽が完全な静止に澄むように」
「音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように」
「灼熱した生殖の幻覚させる後光」
「それは灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ」
「水晶のような液をたらたらとたらしている」
「桜の根は貪婪(どんらん)な蛸のように」
「いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚(あつ)めて」
「毛根の吸いあげる水晶のような液」
「毛根の吸いあげる液が行列を作って維管束のなかをあがってゆく」
「水晶のような液が維管束のなかを夢のようにあがってゆく」
「薄羽かげろうがアフロディットのように生まれて来て」
「彼らはそこで美しい結婚をするのだ」
「思いがけない石油を流したような光彩」
「かさなりあった翅が油のような光彩を流している」
「光彩を流している」
「そこが、産卵を終わった彼らの墓場だった」
「墓場を発いて屍体を嗜む変質者のような残忍なよろこび」
「白い日光をさ青(お)煙らせている」
「俺の心は悪鬼(あっき)のように憂鬱に渇いている」
「俺の心は渇いている」
「べたべたとまるで精液のようだ」
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最終更新: 2024/01/26 12:13 (外部編集)