意味のパターン
レトリックの表現には意味的なパターンがあります。それは、私たちの考え方、感じ方にはパターンがあるのと似ています。例えば、人間関係の進展を旅のように捉える、目立つ服装で人間を指し示す、といったパターンからは、色々なレトリックが生まれます。この意味で、レトリック表現のパターンは、概念化のパターンでもあります。
このページでは用例の意味論的アノテーションについて述べています。
意味論的アノテーション
枠組み
本コーパスでは、「語彙レベル」と「写像レベル」の2つのレベルで意味論的アノテーションを行っています。
語彙レベル
意味クラスの分類は『分類語彙表-増補改訂版データベース』(以下『分類語彙表』)を用いています。それぞれの用例の意味には、『分類語彙表』のIDが紐付けられており、そこから意味の分類をたどることができます。
- 『分類語彙表』の意味的な階層分類は、より上位のものから、類/部門/中項目/分類番号/段落番号/小段落番号からなります。このコーパスでは便宜的に、『分類語彙表』の「類」をDomain、「中項目」をGroup、「分類番号」をSection、「段落番号」をClassとよんでいます。
- 本コーパスでは「段落番号」を意味クラスの最小単位 (Class) として、意味のアノテーションを行っています。コーパス内には10902個のClassページがあり、それぞれが上位のSection、Group、Domainに分類されています。
- Class1つには、平均して10語程度が含まれます。同じClassの語は似た意味を持っているため、具体性の高い意味分類のカテゴリーと考えることができます。
写像レベル
隠喩・メタファー (metaphor)や換喩・メトニミー (metonymy)などの用例では、ある語が字義通りの意味ではない、別の意味を表しています。字義通りの意味の領域を「起点領域」、文脈上の意味の領域を「目標領域」といいます。何の起点領域が何の目標領域に対応するか、これを分析することが本コーパスでの意味論的分析の着眼点です。
以下のページは、『分類語彙表』にもとづく起点領域と目標領域のリストです。
認知言語学では、この対応関係を写像 (mapping) といいます。対応関係のタイプとしては、以下の3つを設定します。
- 概念メタファー(隠喩・メタファー (metaphor)や直喩・シミリ (simile)などが中心、「=」で示す)
このコーパスでは、個別の用例で観察された語をもとに、Classの関係を記述しています。Classレベルでの記述は非常に細かいので、体系性をもった概念的な写像とみなすことはできません。ClassのSection、Groupレベルをたどっていくと、個々の写像がグループ分けされて表示されるので、これらが概念レベルの意味のパターンにあたると考えることができます。
用例の分析
以下のような方針で、具体的な用例の意味論的アノテーションを行っています。(参考: 意味分類の問題点は?)
- 起点領域の意味とは、テキスト本文に生起しているFocusの表現に近い語が含まれるClassであると考えます。
- 目標領域の意味とは、コンテクストから推論できるStandardの表現に近い語が含まれるClassであると考えます。
- 意味のパターンは、起点領域のClassと目標領域のClassの対応関係であると考えます。
例
例えば「木の葉の雨」では「木の葉」が「雨」に喩えられています。
- 起点領域は「雨」
- 目標領域は「木の葉」
- 「木の葉」は「雨」に隠喩的に対応する
この場合、起点領域の意味クラスは雨(あめ)です。このClassは以下のように、Section、Group、Domainに分類されています。
また、目標領域の意味クラスは葉(は)です。このClassは以下のような分類に入っています。
写像は葉=雨です。写像の見出しはClassレベルで表示しています。
意味のパターンの類型
「写像レベル」のアノテーションとして、本コーパスでは「概念メタファー」「概念メトニミー」「概念コントラスト」に注目します。
概念メタファー
概念メタファー (conceptual metaphor) は、ある概念領域と、別の概念領域の対応関係の集合です。認知言語学では、概念メタファーが、言語のみならず、概念化、思考、文化の分析に重要であると考えられてきました。例えば、「孤独な一本道を進んでいく」という表現が比喩だとすれば、「人生」を「旅」であると喩える概念メタファーの例です。概念メタファーが基盤になる表現としては、レトリック研究の中心である隠喩・メタファー (metaphor)の用例が挙げられます。例えば、上の隠喩表現は過ごす=歩くという写像の例です。
概念メトニミー
概念メトニミー (conceptual metonymy) は、ある概念領域における要素の対応関係の集合です。概念メトニミーは、伝統的な修辞学における換喩・メトニミー (metonymy)の意味分類に近いものです。例えば、「部分」が「全体」を表す(例えば「チームで参加するには頭数が足りない」)、「衣服」が「人物」を表す(例えば「成人式は振袖が多かった」)、「地名」が「産物」を表す(例えば「やっぱりボルドーは高い」)といったような分類です。例えば最初の例では、「頭」という身体部位と「人」はどちらも、人間の身体構造に関する概念領域の要素で、頭部>人間という写像の例です。
概念コントラスト
概念コントラスト (conceptual contrast) は、ある概念に関する判断尺度の両極の対応関係です。概念コントラストは、このコーパスで独自に設けた写像のタイプです。その理由は、撞着語法・対義結合・オクシモロン (oxymoron)、皮肉・反語・アイロニー (irony)、逆説・パラドクス (paradox)などの、対比や矛盾といった意味が関わるレトリックの記述には、このような尺度の両極についての記述枠組みが必要になるからです。例えば、大雨の日に「本当にいい天気!」と皮肉的に言って遠足が中止になったことをなげく場合は、よい<-->悪いのような評価の対比が重要です。
アノテーション結果
※用例数は2024年1月22日現在