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「予は硯に呵し」
「予は紙に臨んで」
「明子は彫塑のごとく佇めり」
「予は画のごとき彼女を忘るる能はず」
「感情の悲天の下に泣き」
「予も無限の離愁を抱きつつ」
「手を麻痺せしめし」
「故国ならざる故国に止って」
「ドクトルとして退屈なる椅子に倚らしめ」
「消息を耳にするを蛇蝎のごとく恐れたる予」
「予が妹を禽獣の手に委(まか)せ」
「予が妹を色鬼の手より救助すべし」
「肥大豕(ひだいい)のごとき満村恭平」
「未(いまだ)春を懐かざるもの」
「天使と悪魔とを左右にして、奇怪なる饗宴を開きしがごとくなりき」
「腐肉を虫蛆(ちゅうそ)の食としたる」
「腐肉を虫蛆(ちゅうそ)の食としたる」
「水蛇(ハイドラ)のごとき誘惑」
「予の心は怪物を蔵するに似たり」
「その憤怒たるやあたかも羞恥の情に似たるがごとし」
「肥大豕に似たる満村恭平」
「予はかの肥大豕に似たる満村恭平のごとく、呼吸すべし」
「必ず予が最期の息を呼吸すべし」
「人力車は梶棒を下しました」
「麝香(じゃこう)か何かのように重苦しい匂」
「ランプはまるで独楽のように、勢いよく廻り始めた」
「書物が夏の夕方に飛び交う蝙蝠のように宙へ舞上る」
「石炭の火が、雨のように床の上へこぼれ飛んだ」
「華奢なテエブルだった日には、つぶれてしまうくらいあるじゃないか」
「骨牌(かるた)を闘わせなければならない」
「血相さえ変るかと思うほどあせりにあせって」
「骨牌(かるた)の王様(キング)が、魂がはいったように、頭を擡(もた)げて、」
「あの骨牌(かるた)の王様(キング)のような微笑を浮べているミスラ君」
「人山が出来てしまう」
「川は亜鉛板(とたんいた)のように、白く日を反射して」
「川蒸汽が眩しい横波の鍍金(めっき)をかけている」
「陽気な太鼓の音、笛の音、三味線の音が虱のようにむず痒く刺している」
「水面を太鼓の音が虱のように刺している」
「土手の上を煤けた、うす白いものがつづいている」
「うす白いものが重そうにつづいている」
「それがここから見ると、ただごみごみした黒い一色になって動いている」
「横波がすべって来て」
「横波が大きく伝馬の底を揺(ゆす)り上げた」
「廻転を止められた独楽(こま)のようにぐるりと一つ大きな円をかきながら」
「お得意の数も指を折るほどしか無かった」
「赤い顔をしずにいる」
「ある地面などは生姜さえ碌に出来ない」
「その声は又力の無い、声よりも息に近いものだった」
「茶の間は勿論台所さえ居間よりも遥かに重吉には親しかった」
「甲野は薄ら寒い静かさの中に」
「茶の間へ膝を入れる」
「女のように優しい眉の間に」
「やっと彼女の声に目を醒ましたらしい粘り声」
「羽根を抜いた雄鶏に近い彼の体」
「ある霜曇りに曇った朝」
「甲野は静かに油っ手を拭き」
「お目出度くなってしまいさえすれば…」
「麦藁帽子を冠らせたら頂上で踊を踊りそうなビリケン頭」
「ビリケン頭に能く実が入っていて」
「一分苅ではない一分生えの髪に地が透いて見えた」
「発達の好い丸々と肥(ふと)った豚のような濶(ひろ)い肩」
「首を濶(ひろ)い肩の上にすげ込んだようにして」
「風の柳のように室へ入り込んだ大噐氏」
「あの風吹烏(かざふきがらす)から聞いておいでなさったかい」
「庭の樹々は皆雨に悩んでいた」
「瓦葦(しのぶぐさ)が、あやまった、あやまったというように叩頭(おじぎ)している」
「簷(のき)の端に生えている瓦葦(しのぶぐさ)が叩頭している」
「そのザアッという音のほかに、また別にザアッという音が聞えるようだ」
「時々風の工合でザアッという大雨の音が聞える」
「太古から尽未来際まで大きな河の流が流れ通しているように雨は降り通していて」
「常住不断の雨が降り通している中に自分が生涯が挿まれているものででもあるように降っている」
「雨が甚(ひど)くなりまして渓(たに)が膨れてまいりました」
「渓川が怒る」
「提灯の火は憐れに小さな威光を弱々と振った」
「提灯の火は威光を弱々と振った」
「雨の音は例の如くザアッとしている」
「ただもう天地はザーッと、黒漆のように黒い闇の中に音を立てている」
「天地は、黒漆(こくしつ)のように黒い闇の中に音を立てている」
「喉元過ぎて怖いことが糞になった_」
「まるで四足獣が三足で歩くような体(てい)になって歩いた」
「石の地蔵のように身じろぎもしないで、ポカンと立っていて」
「若僧はやがてガタガタいう音をさせた」
「チッチッという音がすると、パッと火が現われて」
「チッチッという音がすると、パッと火が現われて」
「死せるが如く枯坐(こざ)していた老僧」
「老僧は着色の塑像の如くで」
「銀のような髪が五分ばかり生えて」
「細長い輪郭の正しい顔の七十位の痩せ枯(から)びた人」
「若僧は飛ぶが如くに行ってしまった」
「真の已達(いたつ)の境界には死生の間にすら関所がなくなっている」
「驚くことは何もないのだが、大噐氏はまた驚いた」
「三時少し過ぎているから、三時少し過ぎているのだ」
「秒針はチ、チ、チ、チと音を立てた」
「戸外の雨の音はザアッと続いていた」
「秒針の動きは止まりはしなかった、確実な歩調で動いていた」
「橋は心細く架渡されている」
「雲が意地悪く光って」
「羊歯(しだ)の葉は、よあけの霧を吸って青くつめたくゆれました」
「万巻の書に目をさらしつつ」
「ただ一つの文字を前に、終日それと睨めっこをして」
「歓びも智慧もみんな直接に人間の中にはいって来た」
「老博士が賢明な沈黙を守っている」
「斯ういう時に『けれども』という接続詞を使いたがるのは温帯人の論理に過ぎない」
「外には依然陽が輝き青空には白雲が美しく流れ樹々には小鳥が囀っている」
「椰子の葉を叩くスコールの如く、罵詈雑言が夫の上に降り注いだ」
「嶮しい悪意の微粒子が家中に散乱した。」
「夫は海鼠の腹から生れた怪物だ」
「怒りなどという感情は今は少しの痕跡さえ見られない。」
「発句(ほっく)は芭蕉(ばしょう)か髪結床(かみいどこ)の親方のやるもんだ」
「数学の先生が朝顔やに釣瓶(つるべ)をとられてたまるものか」
「そりゃあなた、大違いの勘五郎(かんごろう)ぞなもし」
「それが勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衛門だ」
「それじゃ赤シャツは腑抜(ふぬ)けの呆助(ほうすけ)だ」
「大きな丸(たま)が上がって来て言葉が出ない」
「わんわん鳴けば犬も同然な奴」
「日清談判だ」
「日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろう」
「あんなに草や竹を曲げて嬉しがるなら、背虫の色男や、跛(あしなえ)の亭主を持って」
「山嵐の踵(かかと)を踏んであとからすぐ現場へ馳けつけた」
「田舎者でも退却は巧妙だ。クロパトキンより旨いくらいである」
「おれの云ってしかるべき事をみんな向むこうで並(なら)べていやがる」
「暗くなる、腹は減る、寒さは寒し、雨が降って来るという始末で」
「これは平の宗盛にて候を繰返している」
「緑色に繁茂(しげり)り栄えた島」
「風の葉ずれや、木の実の落ちる音が一歩一歩と近づいて来るように思われる」
「心中のし損ねが連れ込まれた」
「振袖人形がハッと仰天した」
「身のまわりの事ぐらいは足腰が立ちます」
「坊主がもとの木阿弥の托鉢姿に帰って」
「数十町歩を烏有に帰した」
「天にも地にもたった一人の身よりである」
「鼻ッペシを天つう向けやがって」
「鏡の中にある内供の顔は、鏡の外にある内供の顔を見て」
「庭は一隅の梧桐の繁みから次第に暮れて来て」
「これは端渓です、端渓ですと二遍も三遍も端渓がる」
「その晩は久し振に蕎麦を食ったので、旨かったから天麩羅を四杯平げた。」
「やっぱり正体のある文字だと感心した」
「大変耳の悪い群衆は、次郎助へこう親切にとりついでやった」
「おさまりのない欠伸の形に拡がっていた」
「と賤(しず)の苧環(おだまき)繰り返して」
「いわゆる『勉学の佳趣』に浸り得る」
「あの『御料人様(ごりょうにんさん)』と云う言葉にふさわしい上方風な嫁でも迎えて」
「鼻は行儀よく唇の上に納まっている」
「薄白い雲が高い巌壁をも絵心に蝕んで」
「親切な雨が降る度に訪問するのであろう」
「豆が泣きそうな姿をして立っていたり」
「三人の男の子が、目白押しに並んで立っている」
「路傍の人に過ぎない」
「始終、いぢめられてゐる犬は、たまに肉を貰つても容易によりつかない。」
「狐が暖かな毛の色日に曝しながら」
「主人はその心の傾きを一転した」
「往時(むかし)の感情(おもい)の遺した余影(かげ)が酒の上に時々浮ぶ」
「云わば恋の創痕(きずあと)の痂(かさぶた)が時節到来して脱(と)れたのだ」
「心の中にも他の学生にはまだ出来ておらぬ細かい襞襀(ひだ)が出来ている」
「薄白い雲が瞬く間に峯巒(ほうらん)を蝕み、巌を蝕み、松を蝕み」
「機躡(まねき)が忙しく上下往来する」
「煕々(きき)として照っていた春の陽(ひ)」
「これほどの師にもなお触れることを許さぬ胸中の奥所がある」
「一身の行動を国家の休戚より上に置く」
「ただ形を完(まっと)うするために過ぎなかったのか」
「形さえ履(ふ)めば」
「この溝はどうしようもない」
「前途の方向のつくまで」
「秋がきても気長に暑いもんだ」
「半左右衛門が脆くもぺしゃんこになった」
「村そのものが一つの動揺となって」
「川面に風の吹く道」
「大抵のものは赤シャツ党だ」
「人間の瞳を欺き、電燈の光を欺いて」
「土地が土地だから、それからそれと変った材料が得られる」
「余の戸口に Banana の皮を撒布し」
「風博士は自殺したのである。しかり、死んだのである」
「村人は知識の殿堂へ殺到した」
「婆さんは仏間に冷たくなって寝ているんだよ」
「母のことを呼ぶのに『あなた様のお袋さま』と云う言葉を用いた」
「天稟(てんぴん)の体へ絵の具を注ぎ込む迄(まで)になった」
「すべては未練がましく後へ倒れて行った」
「自分のしてゐる事に嘴を入れられる」
「この世に無い人の数にはいつて居りました」
「大噐晩成先生などという諢名(あだな)」
「蠍が目を変に光らして云いました」
「子路の奏でる音が殺伐な北声に満ちている」
「小高い段の上に見える一と棟の草屋根」
「山腹が間近く窓側に迫って来た」
「もう五十の阪に手がとどいて居りましたらうか」
「両岸の山は或時は右が遠ざかったり左が遠ざかったり」
「甘いへんのうの匂いと、囁くような衣摺れの音を立てて」
「吉野川の流れも、人家も、道も行き止まりそうな」
「見事な刺青のある駕籠舁(かごかき)を選んで乗った」
「この絵は刺青と一緒にお前にやる」
「老人の言葉と怡々(いい)たるその容(すがた)に接している」
「躍る胸に鬘(かつら)をひそめて」
「ああ冷静なること扇風機のごとき諸君よ」
「風である。インフルエンザに犯されたのである」
「皮膚にも似た紙片の中に、自分の母を生んだ人の血が籠っている」
「記憶の糸を手繰り手繰り歯の抜けた口から少しずつ語った」
「どうもあのシャツはただのシャツじゃない」
「水がころころころころ湧き出して」
「沈黙を続けていると、ヒーッ、頭の上から禽(とり)が意味の分らぬ歌を投げ落した」
「サーッというやや寒い風が下して来た」
「ほん物の雨もはらはらと遣って来た」
「ザアッという本降りになって」
「トットットッと走り着いて」
「玉蜀黍(とうもろこし)の一把(いちわ)をバタリと落した」
「白い庭鳥が二、三羽キャキャッと驚いた声を出して」
「じたじた水の垂れる傘のさきまでを見た」
「外はただサアッと雨が降っている」
「ゆるゆる歩いて明るいうちに早くおうちへお帰りなさい」
「身体の痛みもつかれもとれてすがすがしてしまいました」
「ゴツンと息をのんだ」
「陰惨たる風物と同じような色の着物」
「細い月が、まるで爪の痕かと思う程、かすかに白く浮んでいる」
「竹杖は忽ち竜のように、勢よく大空へ舞い上って」
「夜目にも削ったような山々の空」
「四斗樽程の白蛇」
「白蛇が一匹、炎のような舌を吐いて」
「虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消え失せて」
「瀑(たき)のような雨も降り出した」
「無数の神兵が、雲の如く空に充満ちて」
「氷のような冷たい風」
「杜子春は木の葉のように、空を漂って行きました」
「閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました」
「杜子春は唖(おし)のように黙っていました」
「星が流れるように、森羅殿の前へ下りて来ました」
「鞭は雨のように、馬の皮肉を打ち破る」
「転ぶようにその側へ走りよると」
「顔かたちが玉のやうに清らかであつた」
「ろおれんぞは、声ざまも女のやうに優しかつた」
「それが『ろおれんぞ』と睦じうするさまは、とんと鳩になづむ荒鷲のやうであつた」
「それが『ろおれんぞ』と睦じうするさまは、『ればのん』山の檜に、葡萄かづらが纏ひついて、花咲いたやうであつた」
「ろおれんぞは燕か何ぞのやうに、部屋を立つて行つてしまうた」
「嵐も吹き出でようず空の如く、凄じく顔を曇らせながら」
「焔(ほのお)の舌は天上の星をも焦さう」
「火の粉が雨のやうに降りかかる」
「ろおれんぞが、天くだるやうに姿を現いた」
「あたかも『はらいそ』の光を望んだやうに、『ろおれんぞ』の姿を見守られた」
「奉教人衆は、風に吹かれる穂麦のやうに頭を垂れて」
「暗夜の海にも譬へようず煩悩心」
「雲の峰は風に吹き崩されて」
「下女は碓(うす)のような尻を振立てて」
「主人は茹蛸のようになって帰って来た」
「滴る水珠は夕立の後かと見紛うばかり」
「主人の顔を見て『まあ、まるで金太郎のようで。』と可笑そうに云った」
「その面上にははや不快の雲は名残無く吹き掃われて」
「今思えば真実に夢のようなことでまるで茫然とした事だが」
「冷りとするような突き詰めた考え」
「暖かで燃え立つようだった若い時」
「思い込んだことも、一ツ二ツと轄が脱けたり輪が脱れたりして車が亡くなって行くように、消ゆるに近づく」
「云わば恋の創痕(きずあと)の痂(かさぶた)が時節到来して脱(と)れたのだ」
「人名や地名は林間の焚火の煙のように、逸し去っている」
「蟻が塔を造るような遅々たる行動」
「白雲(はくうん)の風に漂うが如くに、ぶらりぶらりとした身」
「秋葉(しゅうよう)の空に飄(ひるがえ)るが如くに、ぶらりぶらりとした身」
「鶴の如くに痩せた病躯」
「線のような道」
「蟻の如くになりながら通り過ぎ」
「蟹の如くになりながら通り過ぎ」
「木の葉の雨」
「山中に入って来た他国者をいじめでもするように襲った」
「火を付けたら心よく燃えそうに乱れ立ったモヤモヤ頭」
「木彫のような顔をした婆さん」
「感謝の嬉し涙を溢らせているように、水を湛えている」
「下駄の一ツが腹を出して死んだようにころがっていた」
「くちばしを槍のようにして落ちて来ました」
「水晶のような流れを浴び」
「鰯のようなヒョロヒョロの星」
「めだかのような黒い隕石」
「二人のからだが雷のように鳴り」
「二人は海の中に矢のように落ち込みました」
「海の水もまるで硝子のように静まって」
「竜巻は矢のように高く高くはせのぼりました」
「ほうきぼしはきちがいのような凄い声をあげ海の中に落ちて行きます」
「竜巻は風のように海に帰って行きました」
「顔は味噌をつけたようにまだらで」
「鳥の中の宝石のような蜂すずめの兄さん」
「窓の虱(しらみ)が馬のような大きさに見えていた」
「人は高塔であった」
「馬は山であった」
「豚は丘のごとく見える」
「雞(とり)は城楼と見える」
「百本の矢は一本のごとくに相連なり」
「的から一直線に続いたその最後の括(やはず)はなお弦を銜(ふく)むがごとくに見える」
「我々の射のごときはほとんど児戯に類する」
「羊のような柔和な目をした爺さん」
「屏風のごとき壁立千仭(へきりつせんじん)」
「糸のような細さに見える渓流」
「鳶が胡麻粒ほどに小さく見える姿」
「見えざる矢を無形の弓につがえ、満月のごとくに引絞ってひょうと放てば」
「鳶は中空から石のごとくに落ちて来る」
「なんの表情も無い、木偶(でく)のごとく愚者のごとき容貌」
「なんの表情も無い、木偶(でく)のごとく愚者のごとき容貌」
「眼は耳のごとく思われる」
「耳は鼻のごとく思われる」
「鼻は口のごとく思われる」
「紀昌は煙のごとく静かに世を去った」
「南子夫人の姿が牡丹の花のように輝く」
「邦に道有る時も直きこと矢のごとし」
「道無き時もまた矢のごとし」
「清は、自分とおれの関係を封建時代の主従のように考えていた」
「猫の額ほどな町内 」
「マッチ箱のような汽車」
「校長は狸のような眼をぱちつかせて」
「叡山の悪僧と云うべき面構」
「この女房はまさにウィッチに似ている」
「先生と大きな声をされると、午砲(どん)を聞いたような気がする」
「焼餅の黒焦のようなもの」
「天麩羅事件を日露戦争のように触れちらかす」
「あの赤シャツ女のような親切ものなんだろう」
「坊っちゃんは竹を割ったような気性だ」
「おれが居なくっちゃ日本が困るだろうと云うような面」
「水晶の珠を香水で暖ためて、掌へ握ってみたような心持ち」
「ただこの薄禿頭、お恰好の紅絹(もみ)のようなもの一つとなってしもうたか」
「その竹へ、馬にでも乗るように跨りました」
「これは金言のように素晴らしい思いつきの言葉だった」
「踊るような腰つき」
「土用干のごとく部屋中へ置き散らして」
「この傍観者の利己主義をそれとなく感づいた」
「この朔北の野人は、生活の方法を二つしか心得てゐない」
「広庭一面、灰色のものが罩(こ)めた」
「おれが思っていた女」
「色も少しは白かったろう」
「ある娘に思われた」
「誰か何か云ってるぜ」
「畜生。空の毒虫め。」
「千も万もででるもんだ」
「事によったら流される」
「事によったら流される」
「あなた方の髪の毛一本にも及びません」
「毛髪の先にぶら下った有吻類・催痒性の小節足動物を見続けた」
「眼を瞋らして跳び込んで来た青年」
「愛すべき単純な若者は返す言葉に窮した」
「由の音を聞くに、南音に非ずして北声に類するものだ」
「由の音を聞くに、南音に非ずして北声に類するものだ」
「苛斂誅求を事とせぬ」
「永年に亘る孔子の遍歴が始まる」
「事ある場合」
「文学士がこれじゃ見っともない」
「極めて小数の人達しか知らない悪い言葉」
「一つの黒い塊が湧きあがってきて」
「幾百万の(とは言え本当は人口二百三十六名である)村人は殺到した」
「谷底から現れた小粒な斑点は一つ残らず校門へ吸い込まれた」
「神経の枯木と化していた私」
「不意に事を起し」
「自分の部落以外とは結ぶことを欲しない」
「『静御前』と云う一人の上﨟の幻影の中に崇敬と思慕の情とを寄せている」
「見馴れない都会風の青年紳士」
「人の足跡を辿れるくらいな筋が附いている」
「身を隠していられる」
「重い冷たい布が肉体を包む」
「濃い白い粘液を顔中へ押し拡げる」
「甘い匂いの露が、毛孔へ沁み入る」
「彼を相手にしないのは、自然の数(すう)である」
「いささか色を作(な)して」
「いささか色を作(な)して」
「崖の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた」
「どす黒い空気が息苦しい煙になって」
「物好きな聯想(れんそう)を醸(かも)させるために」
「草書で白ぶすまを汚せる」
「肩や胸が自分のものかどうかもわからなくなりました」
「占めたと、膝を打ち」
「脚はワナワナと顫(ふる)え」
「汗は流れて踵まで至った」
「蒼ざめた顔をして」
「老人は顔色を失い」
「手綱を必要とする弟子もある」
「病臥中の王の頸(くび)をしめて」
「子路は顔を赧らめた」
「真蒼な顔をする」
「一人を射るごとに目を掩(おお)うた」
「子路は顔を曇らせた」
「かみさんが頭を板の間へすりつけた」
「顋(あご)を長くしてぼんやりしている」
「胸に手を当ててごらん!」
「佩刀(はいとう)をガチャガチャいわせた」
「自分の母が狭斜(きょうしゃ)の巷に生い立った人である」
「娘を金に替えた」
「母の故郷の土を蹈(ふ)んだ」
「その岩の上から腰を擡(もた)げた」
「私の顔は青くなり」
「私の顔は赤くなり」
「あの地面は、一度も蹈(ふ)んだ覚えはなかった」
「古川が真赤になって怒鳴り込んで来た」
「夜鷹やほととぎすなどが咽頭をくびくびさせている」
「庖丁の音をさせたり、台所をゴトツカせている」
「庖丁の音をさせたり、台所をゴトツカせている」
「東京の塵埃(じんあい)を背後(うしろ)にした」
「ああ、千慮の一失である」
「花見に来た者は、きっと川原の景色を眺めたものである」
「澄み切った秋の空気の中に、冷え冷えと白い」
「狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ」
「五社峠の峻嶮(しゅんげん)を越えて」
「谷あいの秋色(しゅうしょく)は素晴らしい眺めであった」
「清吉と云う若い刺青師の腕ききがあった」
「外にはサアッと雨が降っている」
「諸君、彼は禿頭である。然り、彼は禿頭である」
「ああこれ実に何たる滑稽! 然り何たる滑稽である」
「唯(ただ)一策を地上に見出すのみである。しかり、ただ一策である」
「しかるに諸君、ああ諸君、おお諸君」
「風である。しかり風である風である風である」
「驚いたではないか! 驚いた! ほんとうに驚いたか! 本当に驚いた!」
「団子の食えないのは情ない。しかし許嫁が他心を移したのは、なお情ない」
「『今はむげにいやしくなりさがれる人の、さかえたる昔をしのぶがごとく』ふさぎこんでしまう」
「それは諺に云ふ群盲の象を撫でるやうなもの」
「麗はしきこと高山植物のごとく、単なる植物ではなかった」
「同じく命なりと云うにしても、かなり積極的な命なりである」
「五分苅ではない五分生えに生えた頭」
「夜が明け放たれた」
「高慢な唇を反らせて」
「すべてが行かない前と同じことです」
「今考えても冷りとするような突き詰めた考え」
「茅屋(かやや)が二軒三軒と飛び飛びに物悲しく見えた」
「蠍はいやな息をはあはあ吐いて」
「蠍の眼も赤く悲しく光りました」
「寒々とした灰色の空から霙(みぞれ)が落ちかかる」
「勇も政治的才幹も、この珍しい愚かさに比べればものの数でない」
「なもした何だ。菜飯は田楽の時より外に食うもんじゃない」
「あわただしい後悔と一緒に黄昏に似た沈黙がこの書斎に閉じ籠もる」
「時計はいそがしく十三時を打ち」
「水をくれえ。お茶がええ」
「沈着を一人で引受けた足どりで演壇へ登った」
「この深刻な手つきは精神的魅力に富んでいた」
「土地が土地だからそれからそれと変った材料が得られる」
「苦痛のかげもとまらぬ晴れやかな眉を張って」
「川がどんよりと物憂く流れていた」
「がらがらと市街を走ってから、轅(ながえ)下ろす」
「喜劇(コメディ)というものが危く抹殺を免かれている」
「清浄にして白紙のごとく寛大な読者の『精神』」
「ドビュッシーの価値を決して低く見積りはしない」
「音を説明するためには言葉を省いて音譜を挿(はさ)み」
「人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせるのが一番正しい」
「人間というものは、儚ない生物にすぎない」
「芸術の中へ大胆な足を踏み入れてはならない」
「ここから先へ一歩を踏み外せば」
「喜びや悲しみや歎(なげ)きや夢や嚔(くしゃみ)やムニャムニャや」
「愛すべき怪物が、愛すべき王様が、すなわち紛れなくファルスである」
「有(あら)ゆる翼を拡げきって」
「空想であれ、夢であれ、死であれ、怒りであれ、矛盾であれ、トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ」
「肯定をも肯定し」
「ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し、さらにまた肯定し、結局人間に関する限りの全てを永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定して止むまいとするものである」
「ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し」
「永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定して止むまい」
「何言ってやんでいを肯定し」
「と言ったようなもんだよを肯定し」
「父について無であり」
「不快な老人を知っていただけ」
「阿賀川の水がかれてもあそこの金はかれない」
「私の母を苦しめたのは貧乏と私だけではない」
「私は多くの不愉快な私の影を見出した」
「私の無関係なこの老人」
「なぜ胸に焼きつけているかというと、父はもう動くことができなかった」
「それにつけたして『然し裏面のことはどうだか知らない』と咢堂は特につけたしているのである」
「こういうことは大谷が先生であった」
「渡辺という達人もいた」
「それは健康な人の心の姿ではない」
「好奇の目を輝やかせるようになったのだが、それはもう異国の旅行者の目と同じ」
「私は一人の老人について考え」
「墨をすらせる子供以外に私について考えておらず」
「天下の冬を庭さきに堰(せ)いた」
「この花屋の門を叩いて」
「枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失った自分たち自身を歎いてゐる」
「恐怖の影をうすら寒く心の上にひろげる」
「遠くの樹に風が黒く渡る」
「それ[=女の腕]はまさしく女の腕であって、それだけだ」
「新聞紙が風に堪えていたが、ガックリ転ると」
「枯萱山(かれかれやま)が夜になると黒ぐろとした畏怖に変わった」
「孤独の電燈を眺めた」
「爬虫の背のような尾根が蜿蜒(えんえん)と匍(は)っている」
「気味の悪い畜類の飛んでいるのが感じられる」
「しかし私はキリストではない」
「どの家も寐静まっている」
「白いものが往来している」
「変てこな物音をたてる生物になってしまった」
「こういう動物の図々しいところ」
「ビールの酔いを肩先にあらわし」
「ダンスレコードが暑苦しく鳴っていた」
「青年の顔にはわずかばかりの不快の影が通り過ぎた」
「白い布のような塊りが明るい燈火に照らし出されて」
「生理的な終結はあっても、空想の満足がなかった」
「顔貌(かおつき)にもいやな線があらわれて」
「女の諦めたような平気さ」
「女の諦めたような平気さが極端にいらいらした嫌悪を刺戟する」
「主婦はもう寝ていた」
「まるで彼の呼吸を呼吸しているようであり」
「彼は二人の呼吸を呼吸しているようである」
「その寡婦と寝床を共にしている」
「生島はだんだんもつれて来る頭を振るようにして」
「家が朽ちてゆくばかりの存在を続けている」
「その部屋と崖との間の空間がにわかに一揺れ揺れた」
「桃川如燕以後の猫か、グレーの金魚を偸んだ猫くらいの資格は充分ある」
「餅菓子などを失敬しては頂戴し、頂戴しては失敬している」
「歯答えがあるだけでどうしても始末をつける事が出来ない」
「噛んでも噛んでも三で十を割るごとく」
「初春の長閑な空気を無遠慮に振動させて」
「枝を鳴らさぬ君が御代を大に俗了してしまう」
「未来への絶望と呪咀のごときものが漂っている」
「音の真空状態というものの底へ落ちた雪」
「いつも何か自由の発散をふさがれている」
「白痴は強情であった」
「石が死にかけてから」
「三畳の戸を倒して」
「体力が全力をこめて突き倒し」
「白痴が息をひきとった」
「放校されたり、落第したり、中学を卒業した」
「ボクサーは蛇をつかまえて売るのだと云って」
「ボクサーが蛇を見つけ」
「『改造』などへ物を書いており」
「『改造』などへ物を書いており」
「奥さんと原始生活をしていた」
「サイダーがあるから、ぜひ上れという」
「私が代用教員をしたところは、まったくの武蔵野で」
「私はこの人の面影を高貴なものにだきしめていた」
「ただその面影を大切なものに抱きしめていた」
「美しい人のまぼろし」
「所蔵という精神がなかったが、所蔵していたものといえば高貴な女先生の幻で」
「生理的にももう女ではないのだろうか」
「二人の肉体を結びつけた」
「自殺が生きたい手段の一つである」
「派手な浴衣の赤褌に」
「黄色い手ぬぐいの向う鉢巻が」
「ノスタレ爺の野郎は」
「ノスタレとオーム・シッコが二人で」
「ノスタレとオーム・シッコが二人で突立って」
「青い瞳(め)をしたセルロイドじゃあるめえし」
「屠所(としょ)の羊どころじゃねえ」
「子供心に立ち帰りましたような、甘いような、なつかしいような涙」
「子供心に立ち帰りましたような、甘いような、なつかしいような涙」
「青年子女が『資本論』という魔法使いの本に憑かれだした」
「必要以上に考え深い人達が幸福な保護を受けている」
「必要以上に大きな空気をごくりと呑んで」
「こういう顔付が刑務所の鉄格子のあちら側にある顔だと思いこんでしまう」
「気の毒なほどひやりと顔色を変える」
「蟇やゴリラはめったに人に話しかけない」
「霧を吸い木の芽をくい、モモンガーを退治してすき焼をつくり」
「蛇だって足や腹をすべらして墜落したら」
「栗栖按吉(くりすあんきち)がクリクリ坊主になって」
「頭からは汗が湧出し流れる」
「頭自体が水甕(みずがめ)にほかならない」
「耳と耳の間が風を通す洞穴になっていて」
「風と一緒に先生の言葉も通過させてしまう」
「栗栖按吉がこのようなたった一人の惨めな生徒であった」
「精神の貧困ほど陰惨で、みじめきわまるものはない」
「朝めし前の茶漬けにもならない」
「覚えまいと思っていても覚えるほかに手がない」
「あんなもの、朝めし前の茶漬けだぜ」
「膝関節がめきめきし、肩が凝って息がつまってくる」
「目がくらむ。スポーツだ」
「肉体がそもそも辞書に化したかのような」
「二苦労や七苦労で原書がお読めになるところまで行けない」
「二苦労や七苦労で原書がお読めになるところまで行けない」
「二苦労や七苦労で原書がお読めになるところまで行けない」
「女の人に道を尋ねて女の人が返事をしてくれれば、女の人をわが物にしたことになるというのと同じようなもの」
「先生は二三十分も激しい運動をなすっていらっしゃるが、単語が現れてくれない」
「スカンクも悶絶するほど臭い」
「年中あのことばかり考え耽っていた」
「心はしばらくふくらんでいた」
「悟りが息を殺して隠れている」
「悟りが息を殺して隠れている」
「猿の大王だの豚の精だのひきつれてでかけた坊主もいた」
「猿の大王だの豚の精だのひきつれてでかけた坊主もいた」
「先生方はみんな頭の涼しい方で」
「肉体は常に温顔をたたえ」
「さながら春の風をたたえていらっしゃる」
「肉体は梅花咲くあのやわらかな春風をたたえて」
「肉体は春風をたたえて」
「温顔がのっしのっしと按吉の頭の中へのりこんできて」
「温顔が頭の中へのりこんできて」
「温顔が脳味噌を掻きわけて」
「温顔があぐらをかいて」
「風に吹かれて飛びそうな姿」
「龍海さんは貯金の鬼であった」
「亡者にちかい姿になった」
「八さん熊さんと同列に落語の中の人物になる」
「落語の中の人物になるような頓間な飲み方はしない」
「ノスタルジイにちかい激烈な気持であった」
「秦蔵六だの竹源斎師など名前すら聞いたことがなく」
「匙をとりあげると口と皿の間を往復させ食べ終るまで下へ置かず」
「僕は祇園の舞妓と猪だとウッカリ答えてしまった」
「京都の隠岐は古都のぼんぼんに変っていた」
「京都の隠岐は古都のぼんぼんに変っていた」
「清滝の奥や小倉山の墓地の奥まで踏みめぐった」
「禅坊主の悟りと同じことで」
「林泉や茶室というものは空中楼閣なのである」
「大自然のなかに自家の庭を見、又、つくった」
「彼の俳句自体が庭的なものを出て」
「三十三間堂の塀ときては塀の中の巨人である」
「秀吉が花の中の小猿のように見えた」
「『帰る』ということは不思議な魔物だ」
「あの大天才達は僕とは別の鋼鉄だろうか」
「孤独の部屋で蒼ざめた鋼鉄人の物思いに就て考える」
「突然遠い旅に来たような気持になる」
「病院は子供達の細工のようなたあいもない物であった」
「この工場は僕の胸に食い入り」
「書こうとしたことが自らの宝石であるか」
「その一生を正視するに堪えない」
「一つの歴史の形で巨大な生き者の意志を示している」
「歴史は別個の巨大な生物となって誕生し」
「歴史は巨大な生物となって誕生し」
「日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であった」
「日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であった」
「政治はやむべからざる歩調をもって」
「政治は大海の波のごとくに歩いて行く」
「政治は大海の波のごとくに歩いて行く」
「歴史の独創、又は嗅覚であった」
「歴史は常に人間を嗅ぎだしている」
「政治家達の嗅覚によるもの」
「日本の政治家達は絶対君主の必要を嗅ぎつけていた」
「歴史的な嗅覚に於てその必要を感じる」
「権謀術数がたとえば悪魔の手段にしても」
「悪魔が幼児のごとくに神を拝む」
「地獄に堕ちて暗黒の曠野(こうや)をさまよう」
「文学の道とはかかる曠野(こうや)の流浪である」
「予想し得ぬ新世界への不思議な再生」
「その奇怪な鮮度に対する代償として」
「奇妙な呪文に憑かれていた」
「石川島に焼夷弾の雨がふり」
「石川島に焼夷弾の雨がふり」
「大邸宅が嘘のように消え失せて」
「廃墟がなければピクニックと全く変るところがない」
「罹災者達の蜿蜿(えんえん)たる流れ」
「捨てられた紙屑を見るほどの関心しか示さない」
「罹災者達が無心の流れのごとくに死体をすりぬけて行き交い」
「罹災者達の行進は充満と重量をもつ無心であり」
「日本人は素直な運命の子供であった」
「娘達は未来の夢でいっぱいで」
「私は焼野原に娘達の笑顔を探すのがたのしみであった」
「無心であったが、充満していた」
「一尺離れているだけで全然別の世界にいる」
「人間達の美しさも泡沫のような虚しい幻影にすぎない」
「堕落の平凡な跫音(あしおと)に気づく」
「堕落のただ打ちよせる波のようなその当然な跫音に気づく」
「打ちよせる波のようなその当然な跫音(あしおと)に気づく」
「処女の純潔の卑小さなどは泡沫のごとき虚しい幻像にすぎない」
「日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた」
「日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた」
「虚しい美しさが咲きあふれていた」
「人間の心は苦難に対して鋼鉄のごとくでは有り得ない」
「他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し」
「自分自身の武士道をあみだす」
「自分自身の天皇をあみだす」
「堕落すべき時にはまっさかさまに堕ちねばならぬ」
「堕落者はただ一人曠野(こうや)を歩いて行く」
「その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいた」
「肺病の豚にも贅沢すぎる小屋ではない」
「肺病の豚にも贅沢すぎる小屋ではない」
「全部の者と公平に関係を結んだ」
「妹が猫イラズを飲んだ」
「裏側の人生にいくらか知識はある」
「内にあっては救済組織であるけれども外に出でてはアルコールの獲得組織で」
「現実を写すだけならカメラと指が二三本あるだけで沢山ですよ」
「白痴の女の一夜を保護するという眼前の義務」
「ただあくせくした人間共の思考」
「女を寝床へねせて」
「女はボンヤリ眼をあけて」
「木も建物も何もない平な墓地になってしまう」
「二百円に首をしめられ」
「その女との生活が二百円に限定され」
「精神に新たな芽生えの唯一本の穂先すら見出すことができない」
「ただひときれの考えすらもない」
「全くこいつは言葉も呼吸も思念もとまる」
「言葉は失われ異様な目を大きく見開いているだけだ」
「人間のものではなく虫のものですらもなく醜悪な一つの動きがあるのみ」
「犬と並んで同じように焼かれている死体は全く犬死で」
「人間が犬のごとくに死んでいるのではなく」
「ラジオはがんがんがなりたてており、編隊の先頭は伊豆南端を通過した」
「人間と荷物の悲鳴の重りあった流れにすぎず」
「人間を抱きしめており」
「その抱きしめている人間に、無限の誇りをもつ」
「肉体の行為に耽りながら」
「彼は昔、心中したことがあった」
「富子の母の旦那からお金を貰わせて」
「八月十五日正午ラジオの放送が君が代で終る」
「あちら名の気のきいた店名」
「金のためには喉から手を出しかねない」
「この飲んだくれとカケオチしようか」
「この放浪者よりは自信がある」
「何度とりかえても亭主は亭主にすぎない」
「一つの気分に親しんでいる」
「資本を飲むから大闇ができず」
「金々々と云って多忙に働きかつ飲みかつ口説いている」
「東奔西走、極めて多忙にとび廻り飲み廻り口説き廻っている」
「この店を飲みほすと思うと」
「自殺者のメッカ」
「アベックは今も同じところにうごめいている」
「驚ろいた事も驚ろいたし、極りが悪るい事も悪るいし」
「暮、戦死、老衰、無常迅速などと云う奴が頭の中をぐるぐる馳け廻る」
「水の面(おもて)をすかして見ました」
「石鹸で磨き上げた皮膚がぴかついて」
「有形無形の両方面から輝やいて見える」
「胃の中からげーと云う者が吶喊して出てくる」
「唐紅の天道がのそりと上って来た」
「その頃でも恋はあった」
「いくら足を縮めても近づいて来る」
「長閑(のど)かな春がその間から湧(わ)いて出る」
「句と詩は天来(てんらい)の彩紋(さいもん)である」
「生から死に行く径路を最も自然に感じ得るだろう」
「虎烈剌を畏れて虎烈剌に罹らぬ人のごとく、神に祈って神に棄てられた子のごとく」
「その腹は、恐るべき波を上下に描かなければやまない」
「血を吐いた余は土俵の上に仆れた(たおれた)相撲と同じ」
「余のそれらにはいつの間にか銀の筋が疎らに交っていた」
「白髪を隠して、なお若い街巷(ちまた)に徘徊(はいかい)しようか」
「憂鬱な微笑を浮かべ、静かにこの話を繰り返すであろう」
「ことに家族制度というものは莫迦げている以上にも莫迦げている」
「これは河童の使う言葉では『然り』という意味を現わす」
「直訳すれば超河童です」
「さんざん逃げまわったあげく二三か月は床についてしまう」
「失望というか、後悔というか、とにかく気の毒な顔」
「前後に比類のない天才」
「quack(これはただ間投詞です)」
「得意そうに顔中に微笑をみなぎらせた」
「耳を切つた和蘭人が一人鋭い目を注いでゐた」
「彼の答は心の中にあつただけだつた」
「鉄道工夫が鶴嘴(つるはし)を上下させながら」
「かう云ふ人工の翼を太陽の光りに焼かれた為にとうとう海へ落ちて死んだ昔の希臘人も忘れたやうに」
「四十の女のひとも言いました」
「人並に浮き沈みの苦労をして」
「せいぜい一円か二円の客を相手の心細い飲食店を開業いたしまして」
「奥の六畳間でこっそり酔っぱらう」
「どこかよそで、かなりやって来た」
「いつまでも、いつまで経っても」
「見つめているうちにとてもつらい涙がわいて出て」
「夫は仮面の底から私を見て」
「よくその方角にお気が附きましたね」
「胸の中の重苦しい思いがきれいに拭い去られた」
「ちょうど吐くいきと引くいきみたいなものなんです」
「トランプの遊びのようにマイナスを全部あつめるとプラスに変るという事はこの世の道徳には起り得ない」
「お店のお客にけがされました」
「大谷さんみたいな人となら添ってみたい」
「その男の手にいれられました」
「年中そこへ寝起している」
「秋風がいたくスワの赤い頬を吹きさらしている」
「父親は酒くさいいきをしてかえった」
「膝頭を打とうとしたが臍のあたりを打って」
「大粒の水滴が天からぽたぽたこぼれ落ち」
「いよいよ嘘のかたまりになった」
「これは滑稽の頂点である」
「鏡の中の顔が消えてあぶり出しのようにまた現われたりする」
「はじめは振っているがしまいには器に振られているような」
「その日の獲物だった近道を通うようになった」
「飛び下りる心構えをしていた脛(すね)はその緊張を弛めた」
「大きな邸(やしき)の屋根が並んでいた」
「なるほどこんなにして滑って来るのだと思った」
「その窮屈がオークワードになります」
「——と云えば話になってしまいますが」
「心から遠退いていた故郷と膝をつきあわせた」
「それを『声がわり』だと云って笑ったりしました」
「老人の何も知らない手」
「その子の首を俯向かせてしまいました」
「Hysterica Passio ——そう云って私はとうとう笑い出しました」
「一塊の彩りは、凝視めずにはいられなかった」
「一塊の彩りは、凝視めずにはいられなかった」
「枯葉が骸骨の踊りを鳴らした」
「たくさんの虫が悲しんだり泣いたりしていた」
「一匹の死にかけている虫」
「近代科学の使徒が堯にそれを告げた」
「笹鳴きは口の音に迷わされてはいるが」
「いつになく早起きをした午前にうっとりとした」
「日光に撒かれた虻(あぶ)の光点が忙しく行き交うていた」
「貧しい下駄が出て来てそれをすりつぶした」
「笑顔が湧き立っているレストラン」
「物憂い冬の蠅が幾匹も舞っていた」
「病院の廊下のように長く続いた夜だった」
「その日赤いものを吐いた」
「とうもろこしの影法師を二千六百寸も遠くへ投げ出す」
「コップで一万べんはかっても」
「あまがえるはすきとおる位青くなって」
「とのさまがえるは三十がえる力ある」
「十一疋のあまがえるをもじゃもじゃ堅(かた)めて」
「あまがえるはすきとおる位青くなって、平伏いたしました」
「桃の木の影法師を三千寸も遠くまで投げ出し」
「空はまっ青にひかりました」
「みんな泣き顔になってうろうろうろうろやりました」
「飴色の夕日にまっ青にすきとおって泣いている」
「あまがえるはすきとおってまっ青になって」
「汗がからだ中チクチクチクチク出て」
「とのさまがえるはチクチク汗を流して」
「あたりがみんなくらくらして、茶色に見えてしまった」
「畑の中や花壇のかげでさらさらさらさら云う声を聞きませんか」
「どぎまぎしてまっ赤になってしまい」
「まっ赤になってうなずきました」
「真っ黒な頁いっぱいに白い点々のある」
「白い点々のある美しい写真」
「ジョバンニはどしどし学校の門を出て来ました」
「虫めがねくん、お早う」
「ジョバンニは活字をだんだんひろいました」
「之を聞くと顔色を変えた」
「南子と醜関係があった」
「牝豚牡豚とは南子と宋朝とを指している」
「事を謀った」
「淫婦刺殺という義挙」
「臆病な莫迦者の裏切」
「故国に片足突っ込んだ儘(まま)」
「あの姦婦を捕えて」
「色を作した太子疾が父の居間へ闖入する」
「色蒼ざめて戦くばかり」
「良夫の頸はがっくり前に落ち、鮮血がさっと迸る」
「真蒼な顔をした儘、黙って息子のすることを見ていた」
「空がぼうっと仄黄色く野の黒さから離れて浮上った」
「思わず鶏の死骸を取り落し、殆ど倒れようとした」
「一夜を共に過して」
「獣のように突き出た口をしている」
「前に連れてこさせると、叔孫はアッと声に出した」
「病人が顔色を変える」
「病人が顔色を変える」
「勝手な真似を始めたのだなと歯咬みをしながら」
「豎牛の顔が、真黒な原始の混沌に根を生やした一個の物のように思われる」
「いけないのはその不吉な塊だ」
「青物も積まれている」
「廂(ひさし)が眼深に冠った帽子の廂のように」
「店頭に点けられた幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛」
「私は街の上で非常に幸福であった」
「その果実を鼻に持っていっては嗅いでみた」
「漢文で習った『売柑者之言』の中に書いてあった『鼻を撲つ』という言葉」
「私は往来を軽やかな昂奮に弾んで」
「色の反映を量ったり」
「本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて」
「その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって」
「くすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた」
「人びとの肩の間を屋外に出た」
「心が鋭い嫌悪にかわるのを、私は見た」
「人びとが席に帰って、元のところへもとの頭が並んでしまう」
「私の耳は不意に音楽を離れて」
「ふとその完全な窒息に眼覚めたとき」
「なんという不思議だろうこの石化は?」
「私にはそれが不思議な不思議なことに思えた」
「背広服の肩が私の前へ立った」
「外観上の年齢を遙かにながく生き延びる」
「その下らない奴は悲鳴をあげた」
「——できない。——異(ちが)う。——なんにもない。」
「桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ」
「毛根の吸いあげる液が行列を作って維管束のなかをあがってゆく」
「そこが、産卵を終わった彼らの墓場だった」