目次

「始終、いぢめられてゐる犬は、たまに肉を貰つても容易によりつかない。」

Page Type Example
Example ID a0347
Author 芥川龍之介
Piece 「芋粥」
Reference 『芥川龍之介』
Pages in Reference 59

Text

『大夫殿は、芋粥に飽かれた事がないさうな。』 五位の語が完(おわ)らない中に、誰かが、嘲笑つた。錆のある、鷹揚な、武人らしい声である。五位は、猫背の首を挙げて、臆病らしく、その人の方を見た。声の主は、その頃同じ基経の恪勤(かくごん)になつてゐた、民部卿(みんぶきょう)時長の子藤原利仁である。肩幅の広い、身長(みのたけ)の群を抜いた逞しい大男で、これは、焼栗を噛みながら、黒酒(くろき)の杯を重ねてゐた。もう大分酔がまはつてゐるらしい。『お気の毒な事ぢやの。』利仁は、五位が顔を挙げたのを見ると、軽蔑と憐憫とを一つにしたやうな声で、語を継いだ。『お望みなら、利仁がお飽かせ申さう。』 始終、いぢめられてゐる犬は、たまに肉を貰つても容易によりつかない。五位は、例の笑ふのか、泣くのか、わからないやうな笑顔をして、利仁の顔と、空の椀とを等分に見比べてゐた。

Context Focus Standard Context
始終、いぢめられてゐる犬は、たまに肉を貰つても容易によりつかない (虐められている五位は芋粥をもらっても喜ばない)

Rhetoric

Semantics

Source Relation Target Pattern
1 = 男=犬
2 = 流動食=肉

Grammar

Construction
Mapping Type

 

Lexical Slots Conceptual Domain

 

Preceding Morpheme Following Usage

Pragmatics

Category Effect
寓意・アレゴリー (allegory) 直前に「五位は、依然として周囲の軽蔑の中に、犬のやうな生活を続けて行かなければならなかつた。」とある。その後、いじめられている犬を助けようとするエピソードが挿入されている。
人物描写 (description of a character) 犬と肉の関係を基盤として、五位と利仁の言葉との関係を理解させる表現。犬であっても始終いじめられていれば臆病になり、与えられた肉にすらすぐには寄り付かなくなってしまう。これと同様に、周囲から粗雑な扱いを受け続けた五位は、すっかり臆病な性格になっており、それ故に利仁に言葉をかけてもらったものの、どうたち振る舞えばよいのかわからず、すぐには反応を返せなくなってしまっている、ということがわかる。
イメジャリー・イメージ (imagery) ここでのアレゴリーによって五位が、そのエピソードに出てくる犬のイメージと重ね合わせられる。それにより、人と言葉の関係という抽象的な事柄を具体的に理解させる。